勇者リュートが転生予定なのに、人違いでタローがやってきた
桃鬼之人
【0話 前編】失礼な女神
キキキーーーーーッ!!!!!!!!!!!!
ガシャーーーン!!!!
「うわ、やべーよ!」
「きゃあ…!」
「おい!大丈夫か!」
複数の人の声が聞こえる…
なんだ……?
身体の感覚が……………
無い……………
………
……
…
この日、俺は、トラックに跳ねられた…
*****
眩しい…。
瞼を閉じていても肌で感じ取れるほど、強烈な光が周囲を満たしているのがわかる。
だが、それは太陽の光とはまるで異なる。
まるで全方向から均一に降り注ぎ、包み込むような光だ。
少しずつ身体の感覚が戻り始め、瞼をゆっくりと開ける。
しかし、その光はあまりに眩しく、視界は白くかすむ。
何度か瞬きを繰り返しながら、目を慣らすうちに、少しずつ周囲の様子が浮かび上がってきた。
「あ、ここは…、どこだ?」
ぼんやりとした意識の中で呟いた声が、静かな空間に響く。
頭はまだ霧がかかったようにぼーっとしているが、断片的な記憶が次第に浮かび上がってくる。
「そうだ…確か、トラックに跳ねられて…その後は…」
言葉を途切れさせたまま、自分が置かれた状況を必死に思い出す。
(目が覚めましたか?)
「そうだ、思い出してきたぞ!」
声に出した瞬間、記憶の糸が繋がり始める。
「あの無能なクソ上司のせいで、深夜まで残業させられたんだよな…
まったく、まじでブラックだよな、うちの会社は…」
呆れたように独り言を続けながら、頭の中には直前の状況より、さらにそれ以前の状況を先に思い出す。
(ちょっと!)
そうだ、もう1ヶ月以上も深夜残業が続いていて、疲労は限界を超えていた。
会社を出た後、フラフラとした足取りで帰路についたのを思い出す。
「もしかしたら、酔っ払いにでも見えたかもしれないな…」
そう考えた瞬間、自嘲気味に苦笑する。
そして、あのとき、疲労と無意識が重なり、ふらついた足で道路に出てしまったことを思い出した。
きっとその瞬間、トラックの轟音と衝撃が襲ってきたのだろう。
「そうか、それで俺は…」
そして、今さらながら、重大な事実に気づく。
「俺は…、死んでいる、のか…?」
その言葉が口をつくと同時に、頭が強く締め付けられるような感覚に襲われた…。
「ちょっと! 無視しないでよ!」
凛と響く女性の声が耳を打つ。
その声に引き戻されるように、自分の状況を理解していく。
今まさに、物理的に頭を締め付けられる状況で、強烈な痛みを感じている。
「痛い…!
いや、なんかホントに頭が締め付けられているんですけど…!」
後ろに視線を向けると、そこには女性が立っており、両手の拳で俺の頭を容赦なくグリグリと押し付けていた。
「うわ、人がいる?」
驚きの声を上げると、彼女は呆れた様子でため息をつきながら言い放つ。
「まったく、なんで気づかないのかしら…」
その言葉とともに、ようやく拳の圧迫から解放される
痛みが和らいだのは確かだが、まだ頭全体がジンジンと痺れるように痛むのを感じる。
「何すんだよ!」
あの激痛だ、たとえ相手が女性だろうと、文句の一つも言いたくなるのが当然だった。
「ふふ、ごめんなさいね
手っ取り早く目を覚まさせるには、あれが一番効果的なのよ」
女性はまるで悪びれる様子もなく、どこか余裕を感じさせる落ち着いた口調で言い放った。
「なんか、やけに手慣れてないか?」と口にしようとした瞬間、女性の姿を正面から捉え、その言葉が喉の奥で止まった。
その女性は、一目で人ならざる存在とわかるほど、圧倒的な神々しさを湛えていた。
純白のローブは風に揺れるたびに柔らかな光を反射し、透き通るような白い肌と絶妙なバランスであしらわれた黄金のアクセサリーが、鮮やかなコントラストを描いている。長い髪は緩やかな波を描きながら流れ、緑色の瞳は宝石のように澄み渡り、深い静けさと温かさを宿し、見る者の心を吸い込むかのような魅力を放つ。
しかし、何より目を奪われたのは、その背後に広がる淡く輝く光の筋だった。まるで羽根のように優美でありながら、この世のものとは思えない神秘的な輝きを放っている。
「ゲーム好きのちょっと痛いコスプレイヤー、じゃないよな、さすがに…」
見当違いだと分かっていながらも、つい自分の常識の範囲内に収めようとする言葉が出てしまう…。
「違うわ!」
「うわっ、怒った…!」
「まぁ、いいわ、では、改めて…」
その女性は軽く咳払いをすると、一度ゆっくりと瞼を閉じ、次に静かに目を開いてこちらを見据えながら言葉を紡ぎ始めた。
「私はこの世界の調和を保っている女神
この世界にようこそ、勇者リュートよ
あなたを待っていました」
「へ…?」
自分でもアホみたいな返答しかできないことはよく分かっている。
だが、目の前の話があまりにも驚く内容ばかりで、それ以上の言葉がどうしても出てこなかった。
しかし、無理やりにでも思考を巡らせていく。
「こ、ここは、どこなんだ…?」
「ここはあなたの住む世界とは、別の世界です
つまり、異世界に転生されたということですね」
「異世界…?
転生…?
マジで…?」
「勇者リュートよ、この世界は、今、危機に瀕して…」
「あのさ…!」
「救うことができるのは…」
「おいってば…!」
女神と俺の言葉が同時に飛び出し、互いの声が重なって何を言っているのか分からなくなってしまう。
「なによ!
私が話しているのに邪魔しないでよ、もう!」
女神は不機嫌そうな表情を浮かべている。
「あ、すみません…」
特に悪いことをしているわけではないのに、なぜかつい謝ってしまう…。
「でも…
その…
リュート、って…
誰?」
理解できない情報が一度に押し寄せてきて、思わず言いそびれてしまったが、とりあえず“リュート”という名前にはまったく心当たりが無かったので、真っ先にそれを確認した方が良いと思った。
「何言っているの、もちろん、あなたの名前でしょう」
「いや…、俺は、太郎だけど」
「え?」
「え?」
「タロー?」
「そう、太郎」
「なんか、勇者っぽくない名前ね」
「なんだよ! 失礼だな!
名前は関係ないだろ!」
「本当に、タローなの?」
「だから何度もそう言っているだろう」
「マジぽ?」
「ぽ?」
ぽってなんだ?
女神としての神々しさを漂わせている一方で、時折見せる情緒不安定な様子が気にかかる。女神ってのもストレスが多かったりで大変なんだろうか。
「なるほど…、でも、まさか…
ちょっと、確認してみるわね」
女神は不安そうに思案している。
そして、女神の頭上に天使の輪のような光が現れ、遠くの誰かと交信を始めた。
「あ、もしもし、本部ですか?」
(すげぇな、さすが異世界、テレパシーみたいなこともできるのか…)と感心しながらも、すでに感覚が麻痺しているのか、非現実的な状況や出来事に不思議と順応している自分に少し驚いていた。
そして、もしもしとか本部とか、異世界感が無くない?とツッコミたくなる衝動を必死に抑え込む。
「なんかね、ちょっと確認したいことがあってね
……
うんうん、そうそう、ちょっとさ、担当に変わってもらえる?
……
あ、どうもどうも、あのですね、例の勇者リュートの件なのですが…
……
え? あれ? えーーー! 本当に!」
女神が感嘆の声を漏らす。
(なんだ、なんだ? 何かあったのか?)と、不安が胸に広がる。
「めちゃめちゃ久しぶりじゃないー!
何年ぶりだっけー!
えー、そうなの、あなた、今そこを担当しているの?」
(いや、ちょっと待て! 担当がたまたま昔の知り合いだっただけかよ!)
「そうそう、私はね、異動もなく変わらずだよー!
あれ、あの件って聞いた?
……
あはは、ホントすごいよね〜、ビックリしちゃった!
……
いいね、うんうん、そうだね、ちょっと久々に一緒にご飯食べよ食べよ!
なんか今からすごく楽しみになってきた!」
──1時間経過
「えー! マジでやばくない!
そんなことばかりしているから出世できないんだよね〜」
(おい、頼むから勘弁してくれよ、何をそんなに長々と話してるんだ?)
俺は待ち疲れて、すっかりげんなりしていた。
もちろん、ただじっと待っているわけではなく、途中で女神に対して本題に入れとジャスチャーでアピールしてみたが、睨まれて完全に無視される始末。
さすがにもう諦めて、ボーっとしながら体育座りをして待つしかなかった…。
──2時間経過
「やー、まだまだ話足りないんだけどさ、ちょっと確認してほしいことがあって本題に入ってもいい?」
(お、ようやく本題に入るのか…!)
「うん、ありがと!
でね、確認したいことなんだけど、なんかさ、さっき転生してきた人さ、タローって言ってるんだよね、マジ速攻確認してぷ」
ぷってなんだ?
しかも、これだけおしゃべりに時間をかけて速攻と言う意味が分からん…。
「えっ、それって、ありよりのなしじゃない?
……
やばたんじゃないの、大丈夫?
……
それなー
……
鬼すぎて草
……
おっけ、りょ~」
「やっとかよ、めちゃ待ちくたびれたんだけど…
それにしても、言葉使いが極端に変わりすぎだろ…」
女神は俺の言葉に一切耳を貸すことなく、先ほどのキャイキャイとおしゃべりしていた雰囲気を一変させ、再びその尊厳ある気高さをまとい、静かに語り始めた。
「なんかね、やっぱり人違いだったようね…」
女神はわずかに申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「えーーー!
まじかよ!
あ、じゃあさ、俺、元の世界に戻れるの?」
「いえ、あなたはもう交通事故で死んでしまっているので無理なのよ…」
こうして意識があって、確かに生きている感覚があるのだが、改めて死んでいると聞かされると、それなりにショックを受けてしまう自分がいる。
「残念だけど、手違いが起きてしまったようね」
いや、こんなところで手違いなんて、やめてくれ…。
俺はただ、呆然と天を見上げることしかできなかった。
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