第26話【伝統と直感】6
きっと今日は良い日になる。
それを確信したのは、全身鏡に映る自分の姿を見たときだった。
朝のシャワーを済ませ、着替えるのはお気に入りのシンプルなTシャツと履きなれたジーパン。
仕上げに、主張は弱いけど優しい香りの香水を吹きかければ最高の自分の完成だ。
「うん。悪くない」
私は財布とスマホをポケットに入れて家を出る。
向かう先は、最近できたビュッフェスタイルのレストランだ。
正直、一人でビュッフェに行くのは少し抵抗がある。
というか、そもそも一人で飲食店に入るのは初めての経験だ。
だから、少しだけ緊張する。緊張する……けど。
私は行かなくてはいけない。
理由はシンプル。
――産地にこだわったサラダバーがそのビュッフェにはあるのだ。
これは絶対に行かなくてはいけない!
ここ最近は色々と心にダメージを負うことが多かった。
心身共々疲れがあるし、未だに解決していない問題もある。
だから休息が欲しかった。
そして、そんなときに知ってしまったサラダバーの存在。
離島でそんなお店ができていたなんて……。
迷うことなく私はスケジュールを組み、そして今日――ついにその場所へ足を運ぶのだ。
店に着いた私は、堂々と1という数字と名前を書く。
そして、併設されたベンチに腰を下ろし、名前を呼ばれるのを大人しく待つ。
体がソワソワして落ち着かない。
一分、一秒が長い。
でも……これから好物であるサラダが沢山食べられる。
それを想像するだけで幸せだった。
スマホで時間を確認すると名前を書いてから既に五分が経過していた。
最近できただけあって、やっぱり混んでいる。
店の中を確認。
そして待っている人の数を確認。
スマホで時間を確認。
それをひたすら繰り返す。
すると……そんなときだった。
「……一人?」
ドキッと心臓が跳ねた。
つい先ほど名前を書く欄に書いた一人という言葉に過剰に反応してしまった。
私は顔を上げる。
「一人で待ってるの?」
「……はい?」
二人組の知らない男がそこにいた。
風貌的には年上……かな?
髪もなんか派手だし。
「この辺に住んでる感じ? それとも観光?」
あ~、これ、ナンパだ。
面倒だなぁ……。
私は顔を動かすことなく、横目で周囲を見る。
知らぬ存ぜぬ。
そんな言葉の使いどころと言わんばかりに、誰もが目を逸らしていた。
ま、そうだよね。
誰だって関わりたくない。容姿は派手だし、普通に怖い。
私は心の中でため息をつく。
せっかくの良い気分が台無しだ。
「なんですか?」
「いやー、俺たち観光で来てるんだけど、地元の人にオススメの場所を案内して欲しいな~。なんて」
「すいません。名前を呼ばれるのを待ってるんで」
「そんなこと言わないで。ほら、行こうよ。色々と奢るよ?」
チッ。
渾身の舌打ちを心の中でかます。
こういう輩はとにかくしつこいんだよなぁ……。
しかも、並んでいるから逃げるわけにもいかないし。
ここはハッキリ言わないと諦めてくれないだろうなぁ。
私は笑顔を作る。
すると、いけると思ったのか相手の雰囲気が変わった。
「お、それじゃどこ行く?」
「この後も予定があるので、お二人でどうぞ。観光地なら船着き場に案内所があるんで、そこでお調べになるのがいいと思いますよ」
すました感じで言い切る。
そして興味ありませんよという意思表示のためにスマホを見る。
ふむ、十分。あとちょっとで呼ばれるかな。
「「…………」」
まさか真正面からはっきり言われると思ってなかったのか、その場に立ち尽くしてしまう二人組の男。
そりゃ、こんなに人が見てる中で断られるのは辛いよね。
でも、それならこの時間にこんなところでナンパするなって話しだ。
その派手な容姿で周囲を威嚇できているのかもしれないけど、いくら派手な見た目をしていたとしても所詮はただの人間。恥を感じるのは共通だ。
さて、どうする?
「そ、そんなこと言わないでさ。メッチャ良い店知ってるんだよね」
おっと、諦めない。
っていうか、キミたち観光客だろ? 地元民舐めんな。
なんだよ良い店って。
あー、どうしよっか。
このパターンは予想していなかった。
時間にして数秒。
次の行動を決めた私は、スマホをポケットに入れて二人組に向き合う。
そして、予め決めていた言葉を言おうとしたとき――。
「お待たせ」
「……あ」
どこから現れたのか八木が私と二人組の間に入ってきた。
いや、遭遇率よ! 澄凪島は離島だし、お店のある場所は限られているけど!
っていうか、私の練ったプランが台無しだ。
「……彼氏?」
「あー、片思い中ッスね」
「片思い中?」
「はい。片手で足りないくらいは告白してるんですけど、断られ続けてます」
まさかの登場。
そして、誰しもが引くような発言を恥じらいもなくする八木。
普通は彼氏を偽って怪しまれるのがテンプレートだけど、八木の暴露は普通とは違っていて、だからこそ変に説得力がある。
しかし、片手に収まらない数の告白をしてきたって、事実だけど客観的にそのことを聞くと、とんでもないよね。
普通に派手な見た目のナンパより八木の方が怖い気がしてきた。
「それは……マジか」
ほら、二人組の顔。
引きつってるよ。
「なんで、コイツを連れ出すのは無理だと思うッスよ? あと五、六回は声をかけ続けないと」
どこか熱の入った声色でそう言う八木。
本気度というのだろうか……とにかくその言葉には力があった。
「……そうか。身持ちが硬いんだな」
「そうなんスよ。そして……このあと八回目の告白をするつもりなんで、邪魔しないでもらえますかね?」
「お、おう」
まさかの撃退。
そりゃインパクトあるよね。
「大丈夫か?」
八木は心配するように私を見る。
いや、八木こそ大丈夫? 周りの人達、引いてるよ?
ナンパされたときより気まずい空気が流れてる気がする。
「う、うん。平気」
「そっか。それなら良かった」
ほっと一息つく八木。
でも……正直助かった。
ああいうのは本当にしつこいからなぁ。
それに、助けてくれたことは……素直に嬉しかった。
撃退方法は置いておいても、嬉しかった。
「八木はどうしてここに?」
「普通に用事があっただけだよ。それで汐海を見つけて」
「そっか。このあとは? 時間あるなら――」
『助けてくれたお礼に奢るよ』
そう言いかけて…………止めた。
八木の後ろ、つまり私が見ている方向。
そこに見えた一つの影。
明らかにこちらを見て、そして向かってきている……一人の女の子。
なんでかは分からないけれど……あの子は八木と一緒に居た。
八木の用事とはあの子と一緒に居ることだった。
それだけが分かった。
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