第10話【ご都合主義とワカメサラダ】4


 ――そう。目星を付けたんだけどなぁ……。


 俺は良さげなレストラン――から徒歩五分の場所。

 そこにあったコンビニの前で項垂れていた。


 ……だって。

 まさか汐海の好物がワカメサラダなんて知らなかったんだもん。


 何でも奢るって言ったのに、所望したのがワカメサラダなんて……。


 想像してたのはお洒落なレストランで優雅な昼食。だったのにさ! 

 初めてのデートでコンビニ飯ってどうなのよ。

 夢がないにも程がある! こちとら最高紙幣さいこうしへいの数枚くらいは喜んで出すっていうのに!


「ありがと。後でお金は返すね」


「いや……別にこれくらい奢らせて」


「そんなわけにはいかないよ」


「いいって。それより、それだけで良かったの?」


「うんっ!」


 なぜかサラダを持ってウキウキな汐海。


 心なしか俺に対して優しいし、いつもの毒気がないように感じる。


 疑いようがない。

 これは遠慮とかでもなく、マジでワカメサラダが好物なんだ。


「どうしたの?」


「いや、ちょっと理想と現実に心が……ね」


「理想と現実? 何が?」


「だって……俺としてはお洒落な店でランチを一緒にって思ってたからさ」


「ワカメサラダ、美味しいよ?」


 コテンと首を傾げ、キョトンとした顔をする汐海。


 なんか精神年齢下がってねぇーか?

 可愛いから良いけどさ!


「そっか。それなら良かったけど。どうする? どこか公園にでも行ってそこで食べる?」


「うん。ここだと迷惑になりそうだし、それがいいね」


 俺と汐海はそう決めると、海が見える公園に向かって歩き出す。


 なんだかなぁ……。

 一緒に居れるのは幸せだけど……ちょっと違うんだよなぁ……。



「ここって海が綺麗に見えていいよね」


「観光スポットになるくらいだもんな。離島ならではって感じだ」


 公園についた俺達は海の見えるベンチに腰を下ろす。


 近年遊具が減っているというニュースを目にしたが、離島でもそれはあるらしく、この公園もまた遊具の跡地にベンチを設置しているようで、敷地の広さに対して多くのベンチがあった。

 

「本当にそれだけで足りる?」


「平気。普段からそんなに食べないし」


「遠慮してるなら……ってそれは無いね」


 俺は嬉しそうにワカメサラダの蓋を開けている汐海を見て確信する。

 マジでワカメサラダが好きなんだなぁ。

 知らない情報が知れて嬉しい反面、想像とは違ったデートになっていることに落胆する。


「汐海の一番好きな食べ物って何?」


「ワカメサラダ」


「……それ以外で」


「んー、なんだろ。生野菜、ワカメ、海藻サラダ? いや、やっぱりワカメサラダが一番かな」


「そっか」


 他の女子を知らないから分からないけど、一般的にはどんなものが好まれているのだろうか。


 少なくともワカメサラダが一番だと胸を張って言う人は汐海だけだと断言できるけど……異性のことは分からんね。


「肉とか……それこそ、魚は? 澄凪って海の幸が有名だよね」


「魚は生臭くて苦手かな。お肉は食べられるけど、好んで食べることは無いよ」


「じゃあ、普段も野菜中心ってこと?」


「うん。うちの献立も野菜多めだし」


 そう言いながら、膝にサラダを置きドレッシングをかける汐海。


 ホクホク顔ってこういうことを言うんだろう。

 初めて見た表情だけど、そんな表現が一番近かった。


「八木は食べないの?」


「あ、ああ。食べるよ」


 汐海のサラダに対する姿勢に押されて、自分の食事を忘れていた俺は、同じコンビニで買ったおにぎりの封を開ける。


 梅干しと昆布の二つだけで足りるかは分からないけど、コンビニ飯の……それも公園で食べるとなるとこの辺りが妥当だろう。


 汐海の分と合わせても随分と安く済んだものだ。


「この後はどうする? どこか行きたい所とかってある?」


「特には。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないし、ここでいいよ」


「遠慮することないのに。ゲーセンとかカラオケとかどうよ?」


「別にそういうところはいいかな。海を見てるだけでも楽しいし。それに……一人なら退屈してたと思うけど、今は一人じゃないしね」


 汐海はそう言うと、俺に笑いかける。

 そして俺はそんな笑顔をダイレクトに受けて…………固まった。


 あの汐海が俺に笑顔を……?

 デ……デレた? ついに……デレたのか!?


 ワカメサラダのパワーだろうか?

 今まで俺に冷たかったのはワカメサラダが足りなかったのか?


 ああ、どうしよう。これから毎食ワカメサラダを買おうかな……。


「お、おう」


 急な精神攻撃に、そんな返答しかできない。

 

「何その顔。どうかしたの?」


「い、いや。なんでもない」


 思わず顔を背ける。

 しかし心の中では踊り狂っていた。


 一時はどうなるかと思ったけど……なんて最高の休日だろうか。


 見方を変えれば公園デートなんて青春そのものだし、ワカメサラダのパワーで汐海が可愛くなってるし……。

 もうね、最高。

 そう……最高、だったからだろうか――。


「…………好き」


 気付けばそんなことを呟いていた。

 意識していたわけではない。

 ただ自然と出てしまったのだ。

 

「え?」


 腕を伸ばさずとも手が届いてしまう距離。

 耳を澄ませば、呼吸の音すら聞こえてきそうな……そんな距離。

 汐海と目が合う。


 心の中では「やらかした!」という言葉が繰り返し流れる。

 文字通りやらかした。

 全ては後の祭り、である。


「あ、いや、こういう時間が好きだなって。ほら穏やかだし、景色もいいし」


 なんて苦しい言い訳だろう。

 しかし、そんな言い訳に対して汐海は俺から顔を逸らすと、こう言葉を紡いだ。


「……確かに、ね」


 汐海が一体どんな顔をしているのか。

 それは分からないけど……とにかく、なんとかなったことに安堵の息を吐く。

 しかし、そんな安堵も束の間。

 丁寧にワカメサラダを脇に置くと――。


「八木って良くわかんない!!!」


 突然叫ぶようにそう言って、逸らした顔を俺に向ける。

 ビックリした……。


「え!? 急に何!?」


「さっきの言葉! それって景色に対してじゃないよね!?」


「……バレてた?」


「普通に無理があるよ。でも、それを隠そうとしたってことは……前に私が言ったことを律儀に守ろうとしたってことだよね!?」


「黙秘」


「無理。黙秘は許可しません。八木は”好き”という言葉を安易に使うなっていう私の言葉を遵守げんしゅしてその単語を言うのを控えようとした。違う?」


「……違う」


「いや、違わないね! だってさっきの雰囲気は知ってるもん!」


 もん! だって。

 可愛い。


 まぁ、今浮かべている顔はちょっと怖いし、俺の話は聞いてないけど、可愛い。


 しかし、困ったことになったな。

 ここで認めるのは簡単だけど、なんかダサいよなぁ~。

 汐海の言葉を素直に実行してるなんて言えない。

 

「雰囲気って何がだよ」


「だから……その……告白のときみたいな雰囲気!」


「抽象的過ぎて分かりません」


「あ゛ー! もう! 私が何を言いたいのか分かってるよね!?」


 いよいよ限界が来たのか、イライラとした様子を隠すことなくぶつけてくる。


「本当に良く分かんない。私の言葉を素直に受け取る癖に、私が何回フッても告白してくるし……なんなの!?」


「それだけ好……好んでるってことなんじゃない?」


「言葉を変えても意味が同じなら意味ないから! 八木ってバカじゃないよね? なんなら私より成績良いよね? 意味分かんない! う゛ぅーー! もう、本当に意味が分かんない!!!」


「意味って言葉が乱発してて、意味が分かんない。ゲシュタルト崩壊を起こしそう」


「茶化さないで! あーあ、これで本当に嫌な奴なら思いっきり拒絶できるのに」


「…………」


「何?」


「いや、なんでもない」


 聞き違いだろうか?

 否! 確実に聞こえた。

 

『嫌な奴なら思いっきり拒絶できるのに』


 その言い方……つまり汐海にとって俺は……。

 本当に嫌な奴じゃないってことか!?


「汐海」


「何?」


「好きだ。付き合ってくれ」


 ――――直後に見た景色はそれはそれは青い空だった。

 脇腹の痛み。そして背中に感じる地面の感触。

 どうやら俺は汐海に脇腹をドつかれて、ベンチから落ちたらしい。



 季節は春。

 場所はまだ肌寒い風が吹いている、海の見える公園。

 そこで俺は六度目の告白をした。


 結果は言わずもがな玉砕。

 

 しかし、どこか以前とは違う。

 そう感じるのはきっと気のせいではないだろう。


 その証拠に――。


「ご、ごめん。やりすぎちゃった」


 俺を心配するような汐海の声。

 以前ならこのまま放置だっただろう。


 この変化はワカメサラダのおかげか、それとも多少なりとも距離を詰めることができているのか。


 それは分からないけど……初めてのデート(俺が勝手に言ってるだけ)だってすることができたし、俺としては満足な休日と言えるだろう。


 俺は立ち上がると、再度汐海の隣に座る。

 やっぱりそれを拒否されることはなくて……。



 それからの俺たちは、海がオレンジ色に染まるまで公園で話をした。

 内容と言えば、生産性なんて一つもない他愛のない会話、ただの雑談だ。


 何が好きで何が嫌いだとか、学校はどうだとか、そんな話し。


 初めてデートですることではないかもしれないが、そんな時間でも幸せを感じることができた。

 

 片思いしてから一年と少し。

 やっとの思いで叶ったデートは成功だと言える出来で終わると、既に帰宅して家にいるであろう家族の元に汐海を送っていくのだった。

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