第11話【ご都合主義とワカメサラダ】5
お約束展開、鉄板ネタ、そしてご都合主義。
一見俗っぽさを感じるそれらは、遠い昔から人々を魅了している。
テンプレート化され、ありきたりだと
しかし、言ってしまえば、それらは過去の人が残した遺産だ。
お約束展開、展開ネタ、ご都合主義。
そういう俗っぽい展開は、見方を変えれば、夢とロマンが詰まっているのだ。
だから……。
風邪で寝込んだ主人公にヒロインがお見舞いに来るというのは、一見ありがちな展開ながらも、そこにはワクワクでドキドキな展開が待っていると言えるだろう。
「じゃ、私は帰るから」
ま、それはお見舞いに来てくれたのがヒロインだったらの話……だけどね。
俺は手渡された学校配布のプリントをギュっと握ると、背中を向け今にも部屋を出て行きそうな汐海に対して、お約束展開、そして鉄板ネタが起こることを願う。
もしくは忘れ物をして戻ってくる。なんてご都合主義が発動するのも……悪くはないだろう。
理想としては、見送ろうとして立ち上がろうとする俺の体が風邪の影響で力が抜けてしまい、汐海を抱きしめてしまう。
なんて展開が良い!
とてもいい!
しかし、ここにあるのは現実で――。
気付けば、俺の部屋にはポツンと俺一人だけが残されていた。
悲しいかな。
これがリアルだ。
俺は汐海から受け取ったプリントをテーブルに置くと、静かにベッドに戻る。
もしもお約束展開だったりご都合主義が発動していたら、今も同じ部屋に汐海が居たのだろうか。
そう考えると泣きたくなる。
「……はぁ、しんどっ」
色々な意味でしんどい。
体も心も限界だ。
俺は目を瞑ると、過去の行いを悔いる。
汐海とデートできて浮かれてた土曜日、そして日曜日。
流石に二日連続で風呂上りに半裸で踊るのはやり過ぎた。
でも……いつもなら陸斗が配布物を届けてくれていたのに、なんで今回は汐海が届けてくれたのだろうか。
それだけは分からない。
まぁ、どれだけ考えても本人に聞かない限り、答えは分からないから無駄な疑問だけどね。
俺はそんなことを考えながら、ただゆっくりと時間に身を任せ、自分が睡眠状態になるのを待つ。
一体どれだけの時間が経過したのだろうか。
随分と寝ていたような気がするけど……今、何時だ?
俺は目を開けて、見慣れた天井と向かい合う。
すると――。
「あ、起きた」
座椅子に座り、スマホをいじっていた陸斗がそこにいた。
「……お前か」
「勝手にお邪魔してるよ」
「ああ、それは別にいいけど――今、何時?」
体を起こし、ゴシゴシと目を擦る。
少し寝たおかげか体が随分とラクになっていた。
「六時を少し過ぎたところだよ。それより……気付かないの?」
ニヤニヤとした含みのある笑みを浮かべている陸斗。
一体なにを――アレ?
俺は陸斗の向かい側……いるはずの無い人影に自分の目を疑う。
「……白鳥!?」
そこにいたのは、つい先日出会った同じ学校の後輩――白鳥悠だった。
「お邪魔してます。お身体大丈夫ですか?」
立ち上がり、ご丁寧にもペコリと頭を下げる白鳥。
「あ、ああ。随分良くなったけど……」
「すいません。急にお邪魔して」
「いや、それはいい……んだけど、どうしたの? っていうか陸斗と知り合いだったっけ?」
風邪を引いているからということもあり、突然の出来事に頭が回らない。
一体何がなんだか……。
事態の把握が困難だ。
「いえ、今日初めてお会いしたんですけど……なぜか星波先輩は私のことを知ってたみたいで、八木先輩に用事があるって分かったのか、声をかけてもらってここまで案内してもらったんです」
陸斗が白鳥のことを知っていて、俺の元まで案内した。
そりゃそうだ。
だって俺が白鳥と一緒にいたことを汐海にチクったのは陸斗、お前だもんな!
「なるほど」
「はい。でも、その様子だと……無理っぽいですね」
そう言った白鳥は苦笑いを浮かべる。
「無理っぽい?」
「はい。明後日、夕方から弟の練習試合があって、一緒に行けないかなって思ったんですけど……」
白鳥は俺の今の状態を見て、肩を落とす。
なるほど。そういうことか。
「悪いけど、次の機会でもいいか?」
「あ、はい。それで、あの……連絡先とかって……」
恥ずかしいのかモジモジと体を揺らす白鳥。
うん。こういうのって新鮮でいいね!
汐海のことを見ているから余計そう思える。
そして陸斗!
ニヤニヤするのやめろ! 他意はないぞ!
「いいよ。とは言っても普段、スマホはあんまり触らないから、メッセージじゃなくて、電話で連絡してくれるとありがたいかも」
「分かりました!」
そんなやり取りがあり、その後は適当な雑談を挟む。
そして、少しの時間が経過した頃、陸斗は時計を確認すると立ち上がった。
「僕はそろそろ帰ろうと思うんだけど、白鳥さんはどうする?」
「私も帰ります。八木先輩にあまり無理はさせられないですし」
俺を見てニコっとした笑みを浮かべる白鳥。
真っ直ぐ笑みを向けられることに慣れていない俺は目を逸らす。
「白鳥さんの家はどの辺りにあるの?」
「海沿いの商店街の近くですね」
「……海沿いの商店街……白鳥」
そう言った白鳥に対して、なぜか考え込むような様子を見せる陸斗。
直後、白鳥の顔を見つめると、何かに気付いたのか目を見開いた。
「もしかしてだけど、白鳥勇吾さんにゆかりのある人かな?」
陸斗の言葉に白鳥はビクッと体を跳ねさせる。
そして一瞬息を呑むと、陸斗を正面に据えた。
「勇吾は私の父ですけど……お知り合いですか?」
「ああ、うん。勇吾さんには何度かお会いしたことがあるんだよ。そっか、勇吾さんの娘さんだったんだね」
いつもとは違う、どこか作り物のような笑みを作る陸斗。
……えっと。
まるでついていけないんだけど、汐海や陸斗と同様に白鳥の家も歴史のある家ってことなのか?
島外から越してきた俺には島のことは分からない。
「星波先輩は白鳥家に関わりのある方……ですか? すみません、私はまだ社交の場に出てないので……失礼があったらお詫び申し上げます」
どこか怯えたような表情の白鳥。
俺には分からない世界だけど……家系とか歴史とか、上下関係とか色々あるのだろう。
それだけは分かった。
「あ、いや、怖がらせるつもりはなかったんだけど……ごめんね」
「いえ。私こそ……すみません」
なんだか変な空気が流れる。
そもそも
風邪で体も絶好調ってわけでもないしな。
ああ、この空気どうすっかな。
「あの~、置いていかないでもらっていいか?」
「あ! ごめん、ごめん。白鳥さんもごめんね」
「いえ、私こそすみません」
白鳥と陸斗はお互いに頭を下げて謝罪をする。
澄凪島にある歴史のある名家? のことは知らないけど……大変そうだ。
「八木先輩も……ご迷惑をおかけしてすみません」
「別にいいよ。ただ、二人とも……いや、陸斗だけだな。お前のその含みのある作り笑顔、さては学校外では怖い奴だな?」
「え!? 急に何を……」
「だってお前、いつもと違うし……ね?」
俺はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら白鳥に同意を求めるように言う。
少しでも雰囲気を良くしないとやっていけない。
それに……普段から色々と陸斗にはお世話になってるからな。
少しは困ったらいいさ。
「……フフ、そうですね。星波先輩は怖い人です」
空気が変わったからか、安心したように自然な微笑みを浮かべる白鳥。
うん。こっちの方が良い。
「ええぇー。できるだけ優しい顔を意識してたんだけど」
「なんか胡散臭いんだよ」
「圭介……胡散臭いは酷いよ。でも実際、僕が悪いのは事実だからね。白鳥さん、本当にごめんね」
「いえ。私こそ、家のこと何も知らなくて……」
「いや、それは仕方ないよ。全部僕が悪い。白鳥家は後継者が成人しないと家のことに関われないって知ってたのに……」
マジで反省しているのか、ショボショボしてる陸斗。
…………ざまぁ!
もっと苦しむがいいさ!
年下の女子を怖がらせた罪は重いぞ!
ついでに俺と白鳥が一緒に居たことを汐海にチクった罪も重いからな!
「でも、そっか。白鳥家……帰り道は違う方向だね。……時間も時間だし送って行こうか?」
陸斗は時計を見てそう言う。
そんなに遅くない時間だが、外は既に暗くなっており、女の子一人で帰るには少し心配だ。
「大丈夫ですよ、私も高校生になりましたし!」
胸を張って、どこか誇らしげな白鳥。
それに対して――。
「いや……うん。高校生だけど……」
白鳥を見て、そして意味深に俺を見る陸斗。
うん。陸斗よ。言いたいことは分かる。
白鳥は雰囲気とか話し方とかは大人っぽいよな。
でも……容姿に関しては高校生に見えない。
低い身長に、二つに括った髪、そして童顔。
言っては難だが、同世代と比べても幼く見える。
そしてこれは現実的な問題だが、白鳥の小さな体なら片手で持ち上げられて、そのまま……。
なんてこともあるかもしれない。
しかし、事実を言うことなんて……できる訳が無かった。
(……陸斗)
俺に飛んでくるメッセージ性のあるアイコンタクト。
(無理だ。お前が言え)
(僕だって無理だよ! 見てよ、あの顔! 言えるわけない!)
ふふん!
と、わざとらしく制服を見せてくる、つい先日高校生になったばかりの白鳥。
大人の階段を登ったつもりなのだろう。
そして、それが嬉しくて堪らないのだろう。
しかし、断言できる。
白鳥はこれっぽっちも大人っぽくない!
普通に中学生……どころか小学生だと見られてもおかしくない!
(じゃあどうすんだよ? 一人で帰らせるつもりか?)
(それは……危ないよね……澄凪の星浮かし目当ての観光客も増えてるし)
(だろ? まぁ、俺が送って行ってもいいけど……説得はお前がしろ。さっきの迷惑分だ)
(……分かったよ)
意気込むように深く息を吸う陸斗。
そして――。
「白鳥さんは立派な高校生だけど、女の子だからね。ここは甘えて欲しいな……なんて」
「私は平気ですって」
「いや、ここは男としての心配って言うか……ね? 圭介!」
「っ……そうだな」
結局俺に振るのかよ!
俺は白鳥に気付かれない程度に陸斗を睨む。
返ってきたのは手を合わせ、謝罪の意を込めた視線だった。
……はぁ。仕方ない。
「陸斗に遠回りさせるのは申し訳ないってことなら俺が送っていくよ」
「それこそ体調悪い人に送ってもらうのは申し訳ないですよ。私は一人で帰ります」
「いいって。少し寝て体調も良くなったし。それに……今日の夜中の試合について話したいことがあるんだよ」
俺はわざとらしく、餌を落とすようにそう言う。
すると――白鳥の目の奥がキラリと光ったような気がした。
「……体調が本当に平気なら……八木先輩に送ってもらいます」
かかった!
やっぱり白鳥にはこれだよなぁ。
これまでの傾向的に白鳥は好きなモノはとことん好きになりがちな性格をしているのは分かっていた。
そして今日の夜中に放送される海外サッカーの試合。
白鳥の好きなチームだったことを覚えていた俺は、それを餌に白鳥を釣り上げたのだった。
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