第6話 選択の前夜

 遙は森の中に立っていた。振り返ると、彼女が歩んできた道のりが何もかも新しく、奇妙に感じられた。

 ここがどんな場所なのか、どんな未来が待ち受けているのか、何一つとしてわからない。

 それでも、彼女はどこかで感じていた。

 これから自分が選ぶ道が、この世界で生きるための重要な分岐点であることを。


 その前に立ち塞がったのは、一つの問いだった。


「どの道を選ぶべきか?」


 数日前、遙はあの奇妙な書物を手に入れていた。

 その本は、ただの古い文献ではなかった。ページをめくるたびに、目に見えない力が遙の心に働きかけ、彼女を新たな選択肢へと導いていった。

 書物の中には、異世界で生きるための儀式や選択肢、そしてそれに伴う試練が詳細に記されていた。


「過去を捨て、未来を選ぶか。それとも、過去を抱えて進むか。」


 その一文が、遙の心に深く刻まれていた。

 過去を完全に捨てて新しい人生を歩むのか、それとも過去の記憶や痛みを守りながら進むのか、どちらを選ぶにせよ、後戻りはできないことを強調していた。


 その時、過去の記憶が鮮明に蘇る。

 遙は36歳、結婚していたが、子どもを授かることができなかった。

 長い間、妊活に取り組んできたが、結果が出ることはなかった。

 その寂しさ、焦り、そして何よりも無力感を、今も心の奥底で感じている。


「もし、あの時、もっと頑張っていれば…」


 妊活をしていた頃の記憶が、まるで昨日のことのように蘇る。

 涙が溢れそうになり、彼女は顔を伏せる。

 その記憶が、過去の自分と深く結びついているからだ。

 あの時の苦しみが、今も彼女の中に残っている。妊娠を夢見て、不安を抱え、何度も涙を流した日々。


 だが、その記憶もまた、捨ててしまうべきものなのだろうか。

 過去の自分をそのままにしておくことは、果たして正しい選択なのか。

 それとも、全てを断ち切って、新しい未来に踏み出すべきなのか?


 遙は再び空を見上げ、月明かりに照らされた静寂の中で深く思い悩む。

 心の中でさまざまな感情が渦巻いていた。

 過去の痛みを抱えながら新しい世界に進むべきか、それとも過去を捨て去り、まっさらな気持ちで生きていくべきか。


 その時、彼女の前に現れたのは、再びあの人物だった。

 静かながらも強い眼差しを向けてくるその人物は、遙に向かって一言だけ告げた。


「選ばなければならない。過去を捨てるのか、それとも過去を背負って進むのか。どちらを選んでも、戻ることはない」


 その言葉に、遙の胸は重くなる。そして、無言のまま彼女は再び問いかける。


「私は…どちらを選ぶべきなのか?」


 過去の記憶、特に妊活の日々をどう扱うべきか。

 もしその痛みを背負っていくなら、今後もそれが彼女を縛りつけるのではないかという不安があった。

 だが、それを捨て去ることができるだろうか?


 目の前に浮かび上がった二つの選択肢が、今度こそ彼女を決定的に突き動かす。


選択肢1:

「過去を断ち切り、未知の道を歩む」

妊活の記憶、家族との思い出、そして結婚生活の中で感じた数々の寂しさを断ち切り、新しい世界で自分を再構築する覚悟を決める。

 しかし、その選択がもたらす影響に対して、不安も同時に広がっていた。過去の痛みを乗り越えることで、新しい力を手に入れることができるだろうか?


選択肢2:

「過去の記憶を大切にし、今の自分を守る」

 妊活の苦しみや、結婚生活の中での葛藤を大切にし、今の自分を支えながら、異世界で生きる選択。

 この選択は新しい世界と対立することなく生きる道だが、異世界で生きる力をどこか犠牲にしてしまうかもしれない。


 遙は再度深呼吸をし、心の中で結論を出す。どちらの道を選んでも、過去を背負ったままでいることがどれほどの試練をもたらすのか、それでも彼女がどう生きるかは彼女自身が選ぶべきことだった。


(次回へ続く)

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