第35話

それは、ワガママ同士の相思相愛。


あぁ、俺は幸せなんだな。

好きなことが仕事になるって、こういうことなんだな。


図らずもそんなことを実感した夜だった。



藤「わかった…ありがとう」

直『なんで?こっちこそありがとうだよ』

藤「……」


直『藤くんのことだから、気づいてるのかと思ってたけど。…大事にされてくれて、ありがとう』



噛み合ってない。

お互いに好きな気持ちがすれ違ってる。

でも、なんて幸福な片想いだろう。



直『さーてと。それじゃ、風呂入りますか』

藤「ん…」



あぁ、どうしよう。

身体じゅうから気持ちがあふれてしまいそうで、ウズウズしてきた。



藤「…新しい曲、書きたいな」

直『え?』

藤「なんかこう…、いい曲が作りたい」


直『…基央くーん?…眠いの?』

藤「おまえの笑った顔みたいな…そんな曲がいいな…」






翌朝チャマから聞いたところによれば、俺はその言葉の直後に寝息を立て始めたんだそうだ。

我ながら恥ずかしいやつだな、俺。




―――それはあとから考えれば、ほんの短い期間。


アメを口にしてから7日目。

俺は元の姿に戻った。


シェードランプは今度こそ跡形もなく消えて、残されたのはアメの包み紙と棒だけ。


誰もが1度くらいは感じたことがあるであろう“子供に戻れたら”という妄想を、きっちり1週間だけ叶えた、ただそれだけ。




チャマの時はわけがわからないままパニック状態に陥ったけど、俺の時はむしろ、大人としての自分を見つめ直すことになった。


…あのバカ占い師、「懐かしい気持ちになれますよ」とか言ってたけど、全然それどころじゃなかったじゃねーか。


もしまた見かけたら、今度こそ1人でもとっつかまえてやる。






積み上げられた洗濯物の山の中、チャマと俺が使い倒した子供服が見えた。

唇に挟んだピックの隙間から、メロディがこぼれ出てくる。




藤「さぁて。書くかー」




歌いますよ。

弾きますよ。






この世に楽器があって良かった。

言葉があって良かった。

声が出せて、良かった。










【了】

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