「強敵」

 突然のターゲット宣言に安倍はひどく混乱した。そんな安倍の口からとりあえずといった形で飛び出したのは疑問である。


「何故、私が狙われると?」


 安倍の質問に滋丘は「ご覧下さい」といって資料をキャスター付きのホワイトボードに写真を貼っていく。その写真の人物たちに安倍は既視感を覚える。


「彼らをご存じですね、安倍警部補」


 写真の人物たち。真っ黄色のジャンパーを着た老人、薄着の厚化粧をした妙齢の女性、髪を一本にまとめた優男。一見すると関連性のない彼らをじっくりと観察する安倍だったが、どこか引っ掛かり、戯れにジャンパーを着た老人の服と髪を隠して顔だけにしてみた。その瞬間、安倍は彼が誰だか理解した。


「モヒートさん……」

「モヒート……彼の名前は蔵前源三さんですが、あだ名のようなものが?」


 滋丘の問いに安倍は首肯して答える。


「ええ、ドミニクの常連だけで呼ぶ渾名です。マスターは裏で常連をあだ名で呼んでたんですよ。彼はモヒート、そちらの女性はたぶんシンガさん……シンガポールスリングさんで一本髪の男性はブルームーンさんだ。間違いない」


 大きく頷く安倍に滋丘もひとつ納得がいったかのようにホワイトボードに貼られた写真の下にあだ名を書き込んでいく。


「やはりドミニクの常連だったようですね。これで確証を得ました」


 滋丘は周りの公安警察官に目くばせをする。目くばせを受け取った彼らはカーテンを閉め、ドアを全て施錠していく。全てをロックし終えたのを確認した滋丘は全員にアイコンタクトをして頷く。滋丘はホワイトボード前のデスクに両手をついて前傾姿勢になって安倍へ告げる。


「落ち着いて聞いてください。写真の彼らはこの三日間で殺された方々です」

「はい?」


 なんとも間の抜けた声が安倍の口から漏れ出る。滋丘は真剣な眼差しで続ける。


「事件当日は全身が潰され真っ二つになった女性、彼女は身元がまだわかっていませんがおそらく店にいたことからお客。翌日は蔵前さん、……ここではモヒートさんといっておきましょうか。彼も身体を半分に引きちぎられて自宅で死亡していました」


 ホワイトボードの写真に赤く薄い細長いマグネットをクロスさせた滋丘が写真の下に死亡日時を書き込む。


「その翌日には女性のシンガポールスリングさん、そして今日未明に四人目のブルームーンさんが同様の手口で死亡しているのが発見されました。ここまで言えば安倍警部補もご理解いただけたのでは?」


 安倍はゴクリと息を呑みこんだ。


「犯人は常連をつけ狙ってる……」

「イグザクトリー、正解です。我々が聞き込みなどから把握した常連は残り二名、そして安倍警部補を加えた合計が三名。蔵前さんことモヒートさん、笹山さんことシンガポールスリングさんは手がかりを掴んだ時には殺されていましたが、吉野さんことブルームーンさんの所在は襲撃前に判明し、保護のための現着には間に合いましたが……」


 滋丘はクッと唇を噛み。間をおいて言葉を吐き出す。


「公安の捜査員が犯人の抵抗に巻き込まれ、殉職しました」


 肩を落とした滋丘がホワイトボードに一名殉職と書き込む。続けて、黒ペンでシルエットを描き、赤いペンに持ち替えて犯人の情報を追加していく。

 シルエットの下に書き込まれたのは緑色の肌、身長一八〇センチほど、拳銃では太刀打ちできないの三つで、どれも捜査一課には降りてきていない秘匿されていた情報に違いなかった。


「我々公安は退魔師協会に連絡し情報を入手しようとしましたが、収穫は得られませんでした。目下捜索中の犯人は大まかに鬼にカテゴライズされるとだけしかわかっていません。また、犯人の外皮は拳銃、具体的に示すならば九ミリのオートマチックでは歯が立たないことも実証されています」

「それは、殉職された方が?」

「ええ、全弾命中の跡があり、犯行が起こった室内では銃痕が見つからなかったので効かなかったと考えるのが妥当でしょう」


 滋丘は思わず握り込んだ拳を解きながら大きく深呼吸をする。次に目を見開いたとき、ホワイトボードに向かい合って開いた空間に『まとめ』と記して安倍たちへ振り返る。


「ここで一度まとめたいと思います」


 黒ペンのキャップをホワイトボードの受けに置いて一息に書き込んでいく。


「この事案における犯人は暫定で鬼、以前発生した事案と照合していますが、おそらく情報は出てこないと考えてください。安倍さんを除く他の常連客もリストアップして保護に動いていますが、両者ともに現在は跡を追えてはいません。顔写真だけでは時間が足りないので対処は諦め、彼らを発見しても数名の護衛をつけるだけにし、我々公安は安倍警部補の保護に全力を尽くします。つきましては、安倍警部補は公安の保有する核シェルターに避難していただきたいのです。犯人が何らかの方法でターゲットを捕捉できるのならば、そのシェルターで罠を張って仕留めます。どうか、ご協力を」


 黒ペンを戻した滋丘が丁寧に腰を四五度に折り曲げて頭を下げるさまを見て、安倍はなにも言わずに小刻みに頷いた。そして、背広の懐から私物のスマートフォンを取り出しておもむろにどこかへ連絡をし始める。


「すみませんが安倍警部補。特記事案に関して他の方に広めるのは……」


 頭を下げていて気づかない滋丘に代わりに近くにいた五厘刈りの警察官が安倍に忠告する。安倍はその制止を「まあまあ」と右手で抑えてコール音に耳を澄ます。ガチャリといった電話が繋がった音を聞いて、電話の先の人物へ挨拶をする。


「よっ、白峯。今、大丈夫か? おう、大丈夫ならさ。俺そのうち殺されるかもしれねぇからちょっと協力してくれないか?」


 そのまま二、三の言葉を交わして安倍はスマートフォンを耳から離した。それを見守っていた滋丘は息を呑んで安倍に訊く。


「白峯さんのご協力が?」


 まさか得られたのかと目を輝かせる。


「いえ、勝手に死んどけって言われました」


 その場にいた安倍以外の警察官が力なくズッコケた。


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