第3話

初夏の朝焼けは、ものすごく眩しい。

何も言えなかった。世界中に俺たちしかいないような錯覚に陥ってしまった。




時間的に早すぎるせいか、駅には誰もいない。

チャマが乗るのは軍の専用列車ではないので、特に大げさな見送りもなし。

家族とは、家で別れを済ませてきたと言っていた。


自転車を降りて、カバンを持ち直す姿を見つめる。

2日前に升から買ったという、大きなやつだ。


買ったと言っても金ではなく、自分の家で作った野菜を山ほど持って行ったんだって。

升は野菜を受け取った後、絞り出すような声で「カバン、絶対返せよ」と言ったらしい。

それはつまり、「絶対帰ってこいよ」という意味。




増川が「お守りだよ」と言って押しつけていた、大きな録音リールが見える。

戦場で聞けるはずもないのに、チャマは律儀にそれを持ってきた。


つい先月、俺たち四人が童謡を演奏したときの録音が入ってるんだとか言ってたっけ。

小さい子供たちが嬉しそうに一緒に歌ってくれた……あぁ、あの時のか。なるほど、それは俺たちの宝物だ。




手書きの時刻表と運賃表示が、風にはためく。

チャマはあのいちばん端っこに表示されてる街まで行って、そこから船に乗る。


昔から名前だけは知ってるけど、一度も行ったことがない街。

せめて、チャマをあたたかく迎え、そして送り出してくれる街であることを願おう。




やたらと高い切符を駅員さんから受け取るチャマは、すごく幼く見えた。

続いて俺が入場券を買おうとすると、年配の駅員さんはこう言ってくれた。


―――見送りだろう?いいよ、入りな。こんな時間だから、1人ぐらい大丈夫だよ。


ありがとうございます、とつぶやいて、俺は金を財布に戻した。

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