第3話 試練
寺の朝はいつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
鳥のさえずりが響き渡り、朝霧が薄く広がっている。
宗則は今日も経典を整理しながら、胸の中で何かしらの変化を感じていた。
彼の心には、あの奇妙な巻物の烏の絵が深く刻まれていた。
表面に描かれた黒い烏は、まるで宗則の運命を導くように視線を向けていたかのようだった。
ある日のこと、宗則は再び白雲斎のもとで経典を整理していた。その時、白雲斎が宗則に語りかけた。
「宗則、今日は少し特別な試練を与えることにしよう。」
白雲斎の声は落ち着いていたが、その言葉に宗則は緊張を感じた。
「はい、師匠。どのような試練でしょうか?」
白雲斎は少し微笑みながら、書棚の奥から例の巻物を取り出した。
「この巻物には、昔から伝えられている試練が刻まれている。だが、これは大きな伝承の一部に過ぎない。その真の力を知るには、全てを手に入れなければならない。お前がこれを乗り越えることで、新たな道が拓かれるだろう。」
宗則はその巻物を手に取り、心の中で覚悟を決めた。
その手が微かに震えているのは、自分の未知なる試練に対する不安と期待が交錯していたからであった。
巻物を開くと、そこには烏の絵が刻まれ、古い文字が薄れて読みにくい。
それでも宗則はなんとか解読しようとした。
「最初の試練…烏の影を追え。」
その一文を読んだ瞬間、宗則は目の前が暗転し、気がつくと不思議な風景の中に立っていた。
周囲は闇に包まれ、夜空には一羽の烏が飛び交っていた。
宗則は無意識のうちに烏の後を追い始めた。
烏は速く、高く飛び、宗則はその姿を見失わないように必死に走った。
街灯もない暗闇の中、彼の心は不安で満ちていたが、それでも歩みを止めることはなかった。
「烏よ、どこに向かうのだ…?」
やがて、烏は古びた寺院の前で止まり、宗則も足を止めた。寺院の中に入ると、あの烏が照らすように光が差し込んできた。
「ここで何をすればいいのか…?」
その問いに答えるように、烏が風を巻き起こしながら翼を広げ、神秘的な光が寺院を満たした。
宗則はその場に立ち尽くし、息を整え、心を落ち着かせようとしたが、不安は増すばかりだった。
幼い頃から自分が他人と異なることを感じていた宗則は、不安と疑念に駆られることが多かった。
背中のあざ、身に覚えのない力、そして今目の前に広がる未知の世界。
彼の心はそのすべてに答えを求めていた。
「このまま進むことで、自分の全てがわかるのだろうか…」
心の奥底に抱いていた疑問と恐れは、彼にとって最大の障害だった。
だが、それを乗り越えなければ次の一歩を踏み出すことはできない。宗則は自分の心に語りかけるように、静かに頷いた。
「試練というのは、己を知り、そして他者を知ることだ。」
宗則はその言葉を心に刻み、烏の示す道を進む決意を固めた。
巻物の持つ神秘的な力に身を委ねることで、自らの内面と向き合う。
その過程で彼が何を見つけるのか、何を得るのかはまだわからなかったが、宗則は歩みを止めることなく試練の始まりに足を踏み入れる瞬間を迎えていた。
闇の中での試練が彼をどう導くのか、不安と期待が入り混じる中で、宗則は深く息を吸い込んで前を見つめた。
その目には決意が宿り、やがて彼の運命を切り開く光となることを胸に刻んで。
(続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます