第2話

「よく考えてよ姉さん。こんな場で緊張せずにいられると思う?それにこれくらいの粗相、可愛いものよ。酒場の酔っ払いの方が酷いわ」

 机のお皿がなくなるんだから、とアリシアはため息をつく。


 ため息をついた後、キッとこちらを睨んでくる。

「それも分からないなんて。姉さんの頑固者。わからず屋」

 そう言い放つと椅子から立ち上がり、男の手を引く。

 強引に椅子から立たされた男はアリシアと私を交互に見ながら立ち上がる。

 私に頭を下げた後、手を引かれるまま二人で家を出た。


 残された私は椅子に座り、食器を手に取る。

 先程宙に舞ったサラダの残りを口に運びながら、アリシアとあの男について思いを巡らせた。


 意地が悪いことを言いすぎたかもしれない。あの男からすれば、私は印象が悪い姉に見えただろう。

 ただ、こちらとしては世界で一人しかいない大切な家族を、急にやってきたひ弱そうな男に簡単に渡す訳にはいかないのだ。


「アリシアだって、私の気持ちが分かってないじゃないか」

 小さなことで朗らかに笑い、小さなことで涙を零す。

 そんなアリシアを、私と対面するだけで体を強ばらせてしまうあの男が守れるのだろうか。


 アリシアが想う人間だから悪人ではないだろうが、幸せに暮らせる相手だと確信を持って、アリシアを送りたい。

「いい案ないかな、お父さんお母さん」

 肩に触れそうな長さの横髪を耳にかけ、冷えたスープを流し込む。

 窓際に飾ってある、最後の家族写真を眺めたが答えは出なかった。



 アリシアも夜には戻るだろう。私も仕事をせねばならない。

 アリシアが戻ってきたら謝ると決め、私は着慣れた作業着に着替えて裏の畑に向かった。


 私の家は町外れの山にある。

 父が生きていた頃は、我がへリトル家と隣の家に住むダイソン家が畑と山を管理する役目を担っていたらしい。


 高齢のダイソン夫婦が隠居生活を送っている今は、山の管理は町に任せ、私が家の前にある畑を管理している。


 父が山を管理していた頃に使っていた猟銃はまだ倉庫に眠ったままだ。

 猟銃の撃ち方や獣の狩り方は一応知っているため、管理を続けることは可能ではあったのだが、あの日のことを思い出す遺品は手に取りたくない。


「だいぶ暖かいな」

 家一軒程の広さの畑は日差しが悪く、裏にある家五軒分の広さの畑は日当たりが良い。

 裏の畑で収穫時期を迎えたカベクの葉が神々しく輝いているのを見ると、自然と頬が緩む。

 今年は気温が橙色の日が多かった為か、昨年よりも葉の色が濃い緑になっているし、大きく育っている。


 質の良い根が収穫されることを期待しながら、私は意気揚々とカベクの根を引き抜き始めた。


 白く丸々としたカベクの根を籠五つ分収穫し、質別に分け終わる頃には、予想以上に日が沈んでいた。

 作業開始時間が遅かったため、終わる時間が遅れるのは当たり前ではあるのだが、予想外の収穫量だったこともあり計算が狂った。


 さて、この根たちをどうするか。

 カベクの根は日陰で保管すれば長く保管できるが、出来るなら今日中に少しでも売ってしまいたい。

 しかし、アリシアの件もあり、今日は早く家に戻りたい気持ちもある。


 二つを脳内の天秤にかけた結果、天秤は売りに行く選択肢に傾いた。


 急いで出発の準備を整える。

 本来なら二回に分けて市場に出向き、幼い頃からお世話になっている八百屋に全ての籠を売りたいところだが、この時間だと一回が限界だろう。


 小屋から荷車を出す。これも父が愛用していたものだ。

 初めて見た時には巨大に見えていた荷車だが、今では小さく見える。

 もっと良いものを買えば良いのだが、あいにく我が家は金持ちではない。


 質が良いものが入った籠のみ荷車に乗せ、縄で縛る。残りは保管庫に入れた。

 荷車を引くための枠の中に入り、ゆっくり持ち上げると、町の市場に向かって足早に歩き出した。



 舗装されていない山道は終わりを迎え、町の石畳が見えてきた頃、背後から木の割れる音がした。

 荷車の枠を下ろして状態を確認すると、車輪付近の木が割れていた。

 根も重量があるし、山道が終わっても町の中も段差がある。目的地に着く前に壊れることは容易に想像ができた。


「急ぐ時に限って」

 舌打ちしながら一人ぼやくが、ぼやいたところで助けなど来ない。

 ここに荷車を置いて往復していたら日が暮れてしまうし、ここに置いて修理を依頼しても結果は同じだろう。


 仕方ない。

 枠の中に戻ると進行方向とは逆、荷物と向き合う。

 車輪より少し手前を持ち、ゆっくりと持ち上げ、町の方に方向転換する。

 縄で固定しているため籠が滑り落ちる様子はないが、大切な野菜が落ちないよう注意しながら歩き出した。


 持てない重さではないが、荷車を持ち上げながら歩くのは歩きにくい。

 荷車を手で浮かせて歩くという異様な光景に、人々の目がこちらに集まる。


「あれは山奥の農家の娘か?」

「だと思うが……荷車持ち上げて何やってんだ?」

「大道芸?」


 こちらに話しかけるでもなくヒソヒソと話をするため、弁解のしようがない。

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