怪力農家とひ弱な王子

獅子倉八鹿

第1話

 私は今、二人の人物と向かい合って、食事を取っている。


 片方は妹のアリシア。もう片方は隣の村から来た男。


 スープに口を付けながら、目の前の二人を見る。

 普段の私なら外から光が差しているからと、薄暗い状態で過ごしているが、今日はアリシアからの猛烈な反対を受けてロウソクを灯している。

 二人を、そして私を照らす明かりは普段と変わらないロウソクの光なのだが、不思議なことに二人を温かく包んでいるように思う。


 さて。


 先程二人から発された言葉を脳内で反芻しながら、次に話す言葉を考えてみた。

 しかし、何も思いつかなかった。


「すまないが、もう一度、言って欲しい」

 仕方なく、先程の発言を再度確認する。

 聞き間違いであってはいけない。そんなことはないだろうが。


 声を上ずらせながら返事を返す男を眺めながら、私は酒を口にした。

 普段は口に含み、風味を味わいながら喉を潤すが、今日の私は一気に腹まで入れてしまった。


 先程より一層顔を強ばらせ、アリシアの横に座る男は立ち上がった。

「デルカリアお姉様。僕とっ、アリシアさんとの結婚を、ゆっ、許してください!」

 そう言うと男は勢いよく頭を下げ、下げすぎてテーブルに頭を打ち付けた。


 痛そうな音がして、アリシアが気合いを入れて作ったであろう料理と、料理が乗った皿が宙を舞う。

 宙を舞うヒホロ肉と太陽葉のサラダは、私の顔面に降り注いだ。


「ああっ!」

「ね、姉さん!」


 二人の声の重なりに鬱陶しさを感じながら無言で席を立ち、顔を洗うため炊事場に向かう。



 妹が、とうとう結婚するらしい。



 自室に戻って、汚れた一張羅のワンピースから小綺麗なシャツとズボンに着替え、二人の元に戻った。


 あの男の失態で散らかっていたはずのテーブルは、綺麗に片付けられている上、宙を舞ってなくなった分まで補充されている。

 その手際の良さに、以前アリシアがこぼした愚痴を思い出す。

 働いている場所が酒場のため、自分が作った食事を散らかされるのは日中茶飯事なのだと、少し寂しそうな目で私を見たのは遠い日ではなかったと記憶している。


「姉さん、アンドリフさんはいい人なのよ」

 アンドリフとかいう男の頭からサラダの破片を取りながら、アリシアは私に言う。

「アンドリフさんは隣の村のお医者さんで、何人もの病人を助けているの。賢くて、仕事で失敗した私を慰めてくれた日もあったわ」


 私は肉体的にも精神的にも痛みを味わい、生きた心地のしないであろう男を睨みつけた。

 顔面蒼白だった顔が、更に血の気を失っていく。

「お前の作った料理を派手に散らかす奴が、優しい男とは思えないが」

 滅多に着ない私の一張羅もな、と余計なことを口に出しそうなのを寸前で止める。

「申し訳ございません!」

 言葉通り椅子から飛び上がりながら謝罪の言葉を伝える男を、私は更に睨みつけた。

 父が、私達姉妹を叱った時を思い出しながら。


 父は畑作業をしながら、猟師をして私達を育ててきた。

 寡黙な人で、笑った顔は数える程しか見たことがない。

 険しいのが、私の中での父なのだ。

 最期の瞬間まで、父は険しかったのだ。


 私がちゃんとしなければ、あの日死んだ父に顔向けできない。


 私が8歳の時。

 確かその日はアリシアとごっこ遊びをしていた。

 急に外が騒がしくなったと思うと、家のドアが吹っ飛んだ。

 大きな塊と一緒にドアが飛んでいき、私は玄関を見つめる。


 外に、大きな魔物がいた。

 縦長の球体に細いものが六本程生えた黒い物体で、絵本に出てくる魔物とは違う形だったことを覚えている。

 手で口を塞ぎながらアリシアの方を振り返ると、ドアと塊が飛んだ先にある家の物置を見ている。


「お姉ちゃん、お父さんが」

 私と目が合うと、震える手で物置を指差す。

「え、お父さん?」

 私が立ち上がった瞬間、

「お前達!」

 と物置から怒号が飛ぶ。


 先程物置の奥へ飛んでいった塊はゆっくり動き、二本の足で立ち上がる。


 それは、猟銃を構えた父だった。

 農作業の時に好んで着ていた茶色の服は黒く汚れていたり、擦り切れたりと酷い状態だ。


 目を見開いた父は私に走り寄り、潰す勢いで私の両肩を押さえた。

 あまりの痛みに私が涙を流すと、アリシアも状況が分からず泣き出す。

 私達が泣き出すと、父の手が離れた。


「いいか、奥へ逃げろ! 絶対に外に出るな!」


 父はそう言うと、私達のそばを離れようとした。

 しかし、アリシアが父の服を離さない。

「ああっ!」

 アリシアを抱えると、倉庫に向かって投げた。

「許せアリシア!」

 次は私を持ち上げ、同じく倉庫へと投げる。


「幸せに生きろ!」

 そう言うと父は家を出てしまった。


 最期の言葉を、私は守らないといけないのだ。

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