09.冒険者クロはジュリアに秘密を


 迷宮内で逆恨みにより襲われた俺たちは、小部屋にたどり着き外へ出た。


 男達の亡骸は放置しておいたのですぐに迷宮に吸収されるだろう。

 そのままギルマスの部屋を強襲し、襲撃についての報告を行った。

 ギルマスからは特に何も言われることも無かった。


 そして俺は……ジュリアを誘って宿へと連れ込んだ。


 対面で椅子に腰かけるジュリアはキョロキョロと室内を見ているが、かなり緊張している様子だ。


「なあ、緊張してるのか?」

「あ、当たり前だろ!俺は、初めてお持ち帰りされたんだぞ!」

 恥ずかしそうにそう言うジュリアにグッとくるが、勘違いされたままではいけないと話を始めた。


「まずは、すまん。そう言う意味で部屋に誘ったんじゃないんだ」

「え、いや、そう言う意味って……え?やっ、なんでだよ!」

「お、怒るなって!」

「俺は怒ってない!」

 椅子から立ち上がり肩を震わせて声を荒らげるジュリアを見て、益々話しづらい雰囲気になってしまった。


「もういい!話があるんだろ!さっさと話せ!」

 ジュリアは椅子に座り直すと、胸の前で腕を組んでそっぽを向いてしまった。


「俺はさ、訳あって同じ街には居られないんだよ。王国内をぐるぐる旅して歩いている」

 ジュリアは俺の方を向き、何やら考えているようだ。


「追われてる、のか?」

「いや違うよ」

「じゃあなぜ!」

「俺は……」

 言い淀んでいる俺を、ジュリアは真っすぐに見つめていた。


「俺の秘密を打ち明けるなら、その秘密を一生守るという義務が生じてしまうんだ」

 それにはジュリアも首を傾げる。


「俺はこう見えても口が堅いぞ!拷問されても秘密は守る!」

「あと、俺は一つの街には2~3年程度しかとどまれない」

「ああ!それも分かった!パーティメンバーとして俺が無能なら捨てていってくれ!」

「もしパーティを組んだとしても……5年、いや、10年はいけるか?うーん、やっぱ5年ぐらいで必ず解消させてもらう」

「それは……なんでだ?」

 最後は弱々しく眉を下げるジュリアを見て、俺は強く胸が締め付けられてしまった。


「それを、約束できるなら、俺のすべてを話そう。ジュリア、どうだ?」

 また腕を組んで考えているジュリア。


「秘密を話さずに暫く一緒に、というのは駄目なのか?」

「それも、いいんじゃないか?」

 俺の返答に笑顔になったジュリア。


「じゃあ!じゃあその、クロは、あーっとなんだ……俺のことをその、女として、という目線では、見てくれたりはしないのかなっていう疑問があるんだがこの際はっきりと教えてほしい!」

「ぶふっ」

 最後の方の謎の勢いに思わず吹き出してしまった。


「うっ!酷いぞクロ!俺だって、勇気を出したんだ!クロの気持ちを聞きたい!」

 なんだよそれ……俺の心をグッとさせるジュリアを目じりを下げ見てしまう。


「俺は、さっきも言ったが長くは一緒には入れない。ジュリアは、とても素敵だと、思う。正直タイプだ。このまま帰したくない……だが……」

「なら良いじゃねーか!」

 拳を握って立ち上がり、こちらに顔を近づけるジュリア。


「俺は、どんなに好きであっても長くて10年程度しか一緒には居られない。結婚もできないし子供も作れない!そんな俺でも良ければ……


俺の秘密を聞いてくれるか?」


 大きなため息をつくドカリと椅子に座るジュリア。


「聞かせてくれ!全部まとめて俺は、お前を、あ、あっ、愛してやる!」

 照れながらそう言うジュリアに、俺は冒険者カードを取り出し目の前のテーブルに置いた。


 それに魔力を軽く流すと、目の前で真っ黒なブラックカードへと変わってゆく。


「なっ……なんだその黒いカードは!」

 ジュリアはカードを奪うと照明に翳したり指ではじいたりして確認しているようだ。


「偽物ってわけじゃないよな?」

「ああ。本物だ。王国が発行した俺専用のカードだ」

「王国が?じゃあクロは、何かの密命を持って動いていたりするのか?」

 俺は少し興奮気味のジュリアに首を横に振って見せる。


「黒霧」

「黒霧?」

「聞いたことはあるか?」

「ああ。もちろんあるぞ……えっ?黒霧?なんで今……え?」

 目線を俺とカードに泳がせているジュリア。


「じゃあ、クロは黒霧って役目を負って世直しを……」

「黒霧は役職名でも組織名でもない。俺の二つ名だ」

 まだ理解できていない様子のジュリア。


「俺は、ずっとこの姿のまま、黒霧と呼ばれ自由気ままに放浪している」

「なんで!いや、おかしいだろ?クロはどう見ても……その、姿のままなのか?ずっと?これからも?一人で……」

 そう言ったジュリアの目から、ボロボロと涙がこぼれ、そしてそれを両手で隠すようにして顔を伏せていた。


「ごめん。そう言うわけだから俺は誰とも長くは一緒に居られない。俺は、別れが怖いんだ。だから俺は、明日この街を出る。ジュリアを、これ以上好きにはなれない……」

 俺の言葉に、ジュリアはバッと顔を上げる。


 そして、俺は呆気に取られている間にジュリアに床へと押し倒された。


『クロ、どうする?』

 リズがおでこに乗ってそう言うので、魔力の塊を部屋の隅に放って見せた。


『うまそうマッテー!』

 邪魔者がいなくなったのを確認した俺は、胸に顔を付けるジュリアに声をかける。


「ジュリア、俺は、お前の期待には応えられない」

「やだ!クロは1人が良いんだろーけど、俺はやだ!」

 なんだ?子供みたくなってるぞ?


「おい、お前はガキか?」

「クロは何年生きてる?」

 俺の胸から顔を離さずにいるジュリアの問いに、渋々ながら答える。


「数百年経つと、年齢って分からなくなるんだよ」

「じゃあ、俺はクロに比べればガキだ。だから我儘だって言う!」

「な、なんだよ屁理屈かよ」

「クロは、俺はよぼよぼのおばーちゃんになるのが嫌なんだろ?」

「いや、そう言う訳じゃない」

 本当にそういう理由ではなからはっきりと否定する。


「じゃあいいじゃねーか!俺はできるだけ綺麗でいる様に努力する!」

「俺は……今はいいんだ。だけど、長く一緒に居ると段々とつらくなってくるもんなんだ!俺がいつまでも変わらず、それに反して老いてゆく自分を、悔やんだり妬んだり……そうなってからやっと後悔するんだ。


一緒にいるんじゃんかったと……」


 少しの沈黙の後、ジュリアから鼻を啜る音が聞こえた。


「俺は、自分が老いてもクロを妬んだりしない!俺は、いつまでもクロを恨んだり嫌ったりはしない!俺は、俺はクロと過ごす未来を、後悔したりはしない!」

 顔を上げたジュリアはそう言った後、俺の顔を掴むと強引に唇を押し当てた。


 俺は、久しぶりに感じる女の熱に、抗う事はできず一線を越えた。

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