進め! 異世界土木隊!
南野 雪花
第1話 参上! あしょろ組!
道というのは勝手にできていくもの。
ルマイト王国に暮らす人々にとって、それが当たり前の認識だった。
ある町とある町を繋いでいる街道。そういうものだって往来しているうちになんとなく踏み固められてできたものなのである。
きちんと計画的に整備されたものではまったくない。
だからまっすくに進んでおらず適当にうねっているし、もちろん最短距離でもないから、かなり遠回りしている部分だってあるのだ。
不便だと感じている人もいないではないが、こうすれば解決する、という答えに辿り着けた人間はいない。
これまでは。
けたたましい駆動音を発して二台の刈払機が下草を蹴散らす。
作業服に安全帽といういでたち男たちが進む先が、新しい街道だ。
この新しい街道が完成したら、隣町まで半日かからなくなるという。
代官からそう説明された町人たちだが、当初は疑っていた。
それはそうだろう。
今まで一日がかりだったものが、半日に短縮できるわけがない。
また領主が民から金を奪うための口実だと思った。
しかし、土木隊と呼ばれる連中が現れたとき、その認識は一変した。
魔法のような速度で下草を刈る魔導機械、地面を押しつぶし平らにしていくバケモノ車輪。
そしてなにより、気っぷの良い連中。
「オヤカタさん! これ、うちでとれた
「ありがとね。お嬢ちゃん。この仕事は喉が渇くんだ」
駆け寄ってきた少女が差し出した籠一杯の果物を受け取り、親方と呼ばれた若い女がにこっと笑った。
はにかんでいる少女の頭を撫でてやる。
日に焼けた肌と大きな黒い瞳。肩下までの茶色い髪をまとめて安全帽に押し込んだ女性。
最近では、へたな騎士なんかよりはるかに人気がある。
異世界土木隊、あしょろ組土木の若き女社長、
あしょろ組土木は、カタギの土木工事会社である。
少なくとも、本人たちはそう主張している。
ただまあ、市民の五十二パーセントくらいの人は信じなかったし、のこり四十八パーセントくらいの人は、そんな会社を知らなかった。
つまり、市民の半分ほどは名前を知っているということである。
冷静に考えるとすごい数字だ。
たとえば市民が百万人いると仮定した場合、五十二万人が知っている会社なのだから。
よほどの大企業か、あるいはなにか特殊な事情があるのか。
あしょろ組の場合は後者だ。
名称からなんとなく想像がつくだろうが、ヤクザなのである。
しかも十代も続く伝統あるヤクザで、ここ
陰から支えてきた、といってもさほど過言ではなく、市民の多くはなんらかの形であしょろ組の世話になっている。
ささやかなところなら、お祭りの屋台。
大きなところであれば、巨大な組織暴力団に脅されていた市内企業が助けられたりとか。
外国企業の強引な土地買収を防いだりとか。
義に厚く、町を外敵から守る昔気質の任侠者。
元々は、この地を支配していた宝城という豪族の部下だったらしい。
けちなチンピラや半グレが市民の方々に迷惑をかけないように指導し、特殊詐欺や麻薬が蔓延らないように目を光らせ。
なにかトラブルに巻き込まれたら、警察に相談するよりあしょろ組に駆け込む、なんていう老人も多かったくらいだ。
家を新築するときなどは、まずあしょろ組に挨拶にいき、これからよろしくとお願いする。そうすると新築祝いに鯛だの酒だのが届く。
しかし、そういう時代ではなくなった。
町を守るヤクザもの、なんてのは映画の中にすら存在しなくなった。
だから、十代目の跡目を継いだ茜は、組長になると同時に解散を宣言した。
もちろん唐突な話ではなく、何年も前から準備はされていたのである。九代目であった父の代から。
組員たちの身の振り方や持っている土地や建物の処分など、やるべきことはたくさんあったのだ。
こうしてあしょろ組は、株式会社あしょろ組土木として再出発することとなった。
社長の茜は当時二十三歳。
工業高校の土木課から建築系の専門学校に進学し、土木建築の会社に就職して経験を積んできたのは、まさにこの日のためである。
そして二年、あしょろ組土木はカタギの土木建築会社として、おもに道路工事の仕事などに従事してきた。
その日も、国道の整備で夜間出動だった。
しかも初日だったため、茜以下の幹部社員も同行した。
初日は作業開始に先立って、社長が作業員一人一人に声をかけて激励するというのがあしょろ組土木の通例だったから。
それはいつも通りに終わり、ジョイントベンチャーを組んでいる他の会社を待っているときに異変が起こる。
「じょーむ。他の会社の人たちこないね」
「ちょっとおかしいですな」
常務と呼ばれた小太りの男が首をかしげた。
田島アトム。あしょろ組の組員出身ではなく、茜がスカウトしてきた人材である。
「そりゃおかしいでしょうよ。各社揃いも揃って遅刻とかありえないって」
「そこじゃないですよ。親方。空を見てください」
言われるがままに振り仰げば、漆黒の空には満天の星々。
たおやかな夜の姫と付き従う無数の眷属たちだ。
「うそ……知ってる星座がひとつもない……」
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