第22話 ギャル系美人の妹、オジサンの前に現れる

 当店で定評のあるパウンドケーキの具材である、ラムレーズンの仕込み中だった僕に代わり、自宅側の玄関外で待つ和佳奈ちゃんを迎える為、紫恵蘭ちゃんは玄関を開けに行ってくれたのだ。いつも通りの紫恵蘭ちゃんであれば、まず先に和佳奈ちゃんをこちらへ向かうよう伝えながら、玄関の鍵を二箇所掛けると、彼女の後を追うように戻ってきたのだろう。いつの間にか紫恵蘭ちゃんは僕の隣に立ち、作業台の上へと置かれた、ステンレス製の大きめのボウルに沢山盛られた干しプラムを、赤ワインに漬け込む作業の続きをしていた。

 ところが、今日の和佳奈ちゃんは紫恵蘭ちゃんとは対照的で、先に店内へときてからというもの、どこかソワソワした様子で何かおかしい感じなのだ。


 ──ガシュッ…ガシュッ…ガシュッ…ガシュッ…


 「なぁ…?和佳奈ちゃん。さっきから…どうしたんだ?今日、何かあったのか?」


 「あっ?!い、いえ…。は、初めまして…。稲葉さん、です…よね?」


 「はぁ?!あ…っ、はい…。」


 カウンター越しの目の前に居るのは、どこからどう見ても和佳奈ちゃんなのだが、僕に対して『稲葉さん』と上の名前で呼んできたのだ。この店に、和佳奈ちゃんが来るようになった時から、僕のことを一度たりとも『稲葉さん』などと呼ぶことはなかった。大体、『マスター』か『オジサン』だったからだ。

 決定的にいつもの和佳奈ちゃんと違うところといえば、言葉遣いだろうか。こんなにお淑やかに喋る和佳奈ちゃんを、僕は一度たりとも見たことはない。しかし、和佳奈ちゃん本人からは、ひとりっ子だと聞いているので、一体彼女の身に何が起きたのかと、僕は頭の中で考えを巡らせ始めていた。


 「あ、あの…稲葉さんには、姉がいつもお世話になっております…。私は、和佳奈の双子の妹で…鈴木すずき由佳奈ゆかなと申します。」


 ──カァンッ…


 「ふ、双子?!どうりで、和佳奈ちゃんにそっくりなんですね…。あ、私…この店の店主で、稲葉俊次と申します。こちらこそ、お姉さんにはいつもお世話になってます。」


 あまりの衝撃発言に驚いた僕は、思わず手に持っていたターナーをボウルの角へと落としてしまった。まじまじ由佳奈さんの姿を見ると、スカート丈の長さや制服の着こなしがビシッとしていて、和佳奈ちゃんのように崩れた感じではなかった。しかも、その制服は和佳奈ちゃんと同じく、静岡茉莉花女学院のものを着ていた為、僕は様子がおかしい程度しか気付けなかった。


 「暫く、姉はこちらのお店には来れないと思います…。」


 「え…?それは、一体どういうことなのでしょうか!?」


 「あの…言いにくいのですが、稲葉さんは姉とは…一線を越えられた間柄…ですよね?まぁ…それが、姉の親にバレてしまったようでして…。」


 ああ、僕はもう終わった。よりにもよって、和佳奈ちゃんの親にバレたのだ。どう考えても、もうお終いだ。頭の中では、これから僕を待ち受けるであろう、色んなパターンの最悪な展開が、繰り返し繰り返し…映し出されている。すると突然、目の前に星が飛び交い始め、やがて目の前が真っ暗になっていき、周囲にある音も遥か遠くで聞こえるようになった。


 ──ユサユサ…ユサユサ…


 「…ん?」


 急に身体を揺さぶられるような感覚と、何か遠くで声が聞こえている。恐らく、僕の目の前が真っ暗になったのは、極度の緊張状態に陥ったことで、脳貧血でも起こしてしまったのだろう。


 ──ガシッ…ムギュゥゥゥゥッ…


 「…さーん?」


 誰かが呼ぶ声とは別に、僕に誰かが抱きついてきたのだが、その感触からそれが紫恵蘭ちゃんであることは分かった。フラフラとして倒れそうな僕を、横にいた彼女が抱き留めてくれたのだろう。


 「稲葉さーん?あのー?大丈夫ですかー?」


 「多分、貧血を起こしたみたいで…。目の前は真っ暗で見えないですけど…何とか…。」


 「あの…稲葉さん?そんなに…ご心配なさらずとも、平気ですよ?皆んな、姉が悪いことは分かっていて、稲葉さんのご自宅まで押し掛け…関係を迫っていたことは、知っていたようです。先程のお話は、親から姉に対しての謹慎という意味で、暫くはこちらに来れないのです。そういう緊急事態ですので、妹の私が姉に代わりまして、稲葉さんへのお手伝い…精一杯させて頂きますね?」


 最悪の事態は魔逃れたように思えたが、和佳奈ちゃんに対する責任やけじめを今後取らされそうで、別の意味で最悪の事態になりそうだ。それに、そっくりの妹の由佳奈さんが姉の代わりに働いてくれるとの話だが、小説や漫画でよくある“きょうだい”と入れ替わった本人が、その“きょうだい”のフリをして…という展開だってあり得なくはない。


 「今のご時世だと、こんな事を聞くと…セクハラになってしまうかも知れませんが…スミマセン。由佳奈さんは、恋人とかは居るのですか?」


 「恋人ですか…?私、姉の好きなモノを、好きになってしまう傾向が、小さな頃からありまして…。やはり一卵性双生児ですから、元々は一人ですので…仕方ないのでしょうか…?そういうわけですので、もし…私も姉みたいに、稲葉さんのこと…好きになってしまったら、ゴメンナサイ。」


 ──ムギュウウウウッ…


 無言のままオジサンは渡さないといった表情で、紫恵蘭ちゃんは力一杯僕に抱きついてきた。確かに、彼女にとって自分のライバルと思われた咲梨愛さんだったが、僕から植田さんに鞍替えしたことで、恐らくひと息ついていたところでの、新たなライバル候補の登場だろう。

 しかも、紫恵蘭ちゃんにとっては、恋敵と書いて“あいかた”である和佳奈ちゃんに瓜二つな双子の妹ときている。


 「くれぐれも…だが、二人とも仲良くしてくれよ?」


 「はい。私、伊藤紫恵蘭です。宜しくお願いします。」


 「鈴木由佳奈です。こちらこそ、宜しくお願いしますね?」


 二人のやり取りを見守っていた僕だったが、和佳奈ちゃんと同じ顔でお淑やかに話されても、全く違和感でしかない。ギャル系美人で和佳奈ちゃんは通っているのに、由佳奈さんは正反対なのだ。一卵性の双子なので、お互いの姿を見て反面教師で、唯一変えることが出来るキャラ付けの為に、そうなっていったのかもしれないが。


 ──ガシュッ…ガシュッ…ガシュッ…ガシュッ…


 「そういえば、由佳奈さんさ…?苗字が、お姉さんと違って鈴木だけど…母方がそうなのかな?」


 「はい。鈴木は母の実家の苗字です。因みに…鈴木家は遠藤家とは親戚、というか…私の母と、姉の父は“いとこ”同士なんです。」


 ここから、由佳奈さんの家族の歴史が語られ始めてしまった。それによると、元々は鈴木家の分家が遠藤家の祖であったのだが、男児に恵まれず女系になってしまい近所の資産家であった遠藤家と一つになった。そして、今度は鈴木家が男児に恵まれず、跡取りが由佳奈さんの母親のみとなった為、元々分家だった遠藤家からレンタル移籍したのが、和佳奈ちゃんの父親だった。そこで、産まれたのが双子だった為、それぞれの家で引き取りレンタル移籍も解消されたという…かなりカオスでドライな内容だった。


 「結局、女系になっちゃったけど、元々の鈴木家の血が濃いからいいでしょ?って感じか…?」


 「そうですっ!!しかも、私の祖母は外国から来た方なので…。もう、純日本人ではないんですけどね…?そこは気にしないみたいで…。」


 ふと思えば…紫恵蘭ちゃんも、恐らくクォーターかなんかだろう。よく考えれば、僕の周りには純日本人は居ないってことになる。もしかして、僕は日本人にはそれ程人気はないが、外国の血が混ざってる人には人気があるってことだろうか?


 「あー。だから、髪の色が違うんだな?和佳奈ちゃん、ギャル系だから染めてるかと思ったけどさ?由佳奈さんも同じ髪の色してるし…ん?って思ってたんだ。」


 「もうっ!!私、姉とは違いますからっ!!なので、稲葉さん?私のこと…姉と一緒だとは思わないで下さいね?」


 言葉遣いこそ違うが、やはり双子は双子だった。だから、由佳奈さんは和佳奈ちゃんと同じノリで接すれば、何も心配することはないと思う。

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