そんなの知らない。自分で考えれば?

@hiragi0331

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「その者を捕らえよ!!」

 ジェネニュ国王太子シリル・マレルブが命ずると、一斉に騎士たちは動き出した。

「は、離しなさい! 離しなさいよ、この無礼者!!」

 拘束されたシリルの婚約者だった伯爵令嬢ジュリエット・アロシュは、その緑色の瞳を怒りと屈辱に染めながら見っともなく喚いた。普段の凛とした……悪く言えば澄ました様子など微塵も無い。

 そうして引き摺られるようにジュリエットが騎士たちに連行され、扉が閉められた。聞き苦しい声もそれと同時に遮られ、ほう、と安堵の息が零れる。

「シリル様っ……!」

 青い瞳を潤ませてこちらを見上げるストロベリーブロンドの男爵令嬢エリサ・ブランジェに、シリルは安心させるように穏やかに微笑む。

「もう大丈夫だよ、エリサ」

 エリサの顔に、ぱあっと笑顔が広がった。

「安心してください。貴方を傷つける者は、正しく罰せられますよ」

「おう、エリサは俺が護ってやるからな!」

「全てはフォティア神の名の下に。聖女としての働きを発揮できるよう、私も微力ながら力になりますよ」

 宰相の子息リシュ・ラングレーが、騎士団長の息子ジョセフ・セリュリエが、学生の身でありながら神官のエリク・ダラスがそう次々と声をかけてくれる。

 ……それは、『生前』何十回と見た光景。

 それが今、『現実』に目の前で繰り広げられていることに、エリサは全身が震える程歓喜した。

(これ、ハーレムエンド確定の台詞じゃん! もう最高なんですけど!!)

 そう叫びたいのを堪え微笑みを絶やさないまま、「ありがとう、皆」と答える。

(まさか転生なんてことが起きるなんてね。しかも大好きだった『祝福のブーケは誰の手に?』のゲームのヒロインに!)

 これはきっと神様からのご褒美よ! とエリサは迷わずハーレムエンドを選択した。ゲームのルートは散々やり込んだから頭に入っている。よって、その通りに行動し、決められた台詞を言えば驚く程上手くいった。

 そうして見せ場である『悪役令嬢の断罪』が今終わり、従者から受け取ったそれぞれのイメージカラーのブーケを手に『攻略対象』達が跪く。

(これこれ……! 何回もスチルで見たラストシーン!!)

 エリサは期待にうずうずと緩みそうになる口元を堪え、必死に驚いた表情を作ってみせた。

 この後代表してシリルが口を開いて、そして。

(逆ハー確定! 勝ち組確定じゃん! 聖女になってイケメンに囲まれて好き放題できる!)

 弾んで仕方ない気持ちを抑えながら見つめていると、思った通りシリルが微笑んで口を開いた。

「聖女エリサ。私たちと、共に未来を歩んで欲しい」

 合わせたようにそれぞれのブーケが差し出される。エリサは込み上げる喜びのまま微笑んだ。

「はい。この国のためとあらば、喜んで」

 決められた台詞。

 それを口に出した。

 瞬間。



 ブツンッ……!



 テレビの電源が切れたような音が鼓膜を打った。

 そして、辺りは真っ暗に染まる。

「な、なに!? なにこれ!?」

 エリサは辺りをきょろきょろと見渡した。だが、どこを見ても辺りは闇に包まれている。

「シリル様!? リシュ様、ジョセフ様、エリク様!!」

 名前を呼んでも、答えてくれるものはいない。それどころか、自分の声が響かないのだ。

 目を凝らしても何も見えてこない。人はもちろん、あった筈の椅子やテーブルなども、何もなくなっている。歩いても歩いても何もぶつからないからだ。

 ただそこにある一面の闇に、エリサは恐怖の余り叫んだ。

「な、なによ、なんなのよ、これ!?」

 シュン……!

 軽い音と共に、頭より少し上の位置に白いウィンドウが現れた。

 それに、「ひっ」と悲鳴を零しながら、少しばかりの変化が訪れたことにも安堵する。

 ウィンドウのカーソルが動き、文字が打ち出された。

『ゲームクリアおめでとう! 楽しんでくれたみたいだね』

 何とものんびりとした言葉に、エリサの頭にカッと血が昇る。

「く、クリアしたんなら、いいでしょ!? 元に戻しなさいよ!!」

 カーソルが動いた。

『何言ってるの? ゲームってクリアしたら終わりだよ。この先のストーリーなんか作ってないし』

「はあっ!?」

 エリサの顔が怒りに歪む。それを他所にカーソルは動いた。

『でも散々楽しんだからいいでしょ? 高瀬梨沙さん』

 最後に表示された名前に、エリサの目が大きく見開かれる。さらなる恐怖に、かたかたと全身が震えた。

「な、んでっ、私の、名前っ……!?」

『忘れられる訳ないよ。だって』


『いじめられた相手なんだから』


「は……?」

 間の抜けた声をあげるエリサを他所に、無情にもカーソルは動く。

『私の名前は水沢香織。高校時代貴方に散々いじめられたんだけど、覚えてない?』

 そう表示された瞬間、生前の記憶がぶわりと蘇った。

 そうだ。そうだった。確か彼女は高校時代の同じクラスで……。

『無視や陰口、悪口に暴言。集団暴行、自慰の強要に動画バラ撒き。教科書ノート、制服体操着、鞄に靴の破損。……まあ、一通りやってくれたよね』

 駄目押しをするかのようにそう表示され、身体の震えがさらに激しくなった。

「で、でも、それは」

『私だけじゃないって? だからなに? いじめをしていたことは事実だよ。てか、貴方が先導してたよね?』

 容赦なくそう表示され、エリサはぐっと言葉に詰まる。そしてさらに思い出した。彼女が『一身上の都合』で退学した時、「根性ねーなー!」「清々するじゃん、ウザかったし」と仲間たちとげらげら笑っていたことも。

 血の気が引く音を聞きながら、ハッと気が付く。

「ま、まさか、これが復讐なの……?」

『うん、そうだよ。まあ、楽しんでくれたことは感謝してあげてもいいかな』


『このゲームの脚本書いたの私だからね』


「なっ……、う、嘘よ!?」

『嘘じゃないよ。もちろん名前は全然違うのにしてるから気付かなかっただろうけど。ねえ、どんな気持ち? あれだけいじめてた相手が作ったゲームに自分がハマってるって気付いてさぁ』

 字面からでも嘲笑されているのが伝わり、エリサの身体が屈辱にわなわなと震えた。

 それを他所にカーソルは動く。

『あとさ、あなた高校卒業した後引きこもりになってるよね? 理由は大学の勉強に付いていけないのと、友達が作れなかったからだって? しかも1年で。私ですら3年耐えたのに、たった1年で挫折するとか、ダッサイね。あぁ、だからいじめなんてするんだ、元々が弱いから』

 好き放題に言われたと感じたエリサは、衝動のままに叫ぶ。

「あ、あんたなんかに何が分かるのよ!?」

『分かる訳ないし分かりたくもないよ。じゃあ、そろそろお話はおしまいにしようか』

 その字面にエリサはまた気付く。

 『おしまい』にされたら、私は?

「ま、待って! 私、わたしはどうなるの!?」

 カーソルが動く。

『知らない』

 身体の震えが止まらない。不安と恐怖で胸が押しつぶされる。

 かちかちと歯の根が合わないのを叱咤して、エリサは口を開いた。

「そんなっ……どうすればいいの、どうすれば良かったの!?」

 カーソルが動く。


『知らない』


 シュンッ……!

 それを最後に静かな音をたてて、ウィンドウが消失する。

 闇に包まれたそこを見上げ、エリサの目からぼろぼろと涙が零れた。

 閉じ込められた。

 だけど、何時まで? 

 ここはゲームの世界。データである自分は『寿命』というものが無くなっているのだろう。それが消去(デリート)されるのは、きっとこの世界へ導いたであろう『彼女』次第ということになる。だけど、消去(デリート)されてしまったら自分はどうなる?

「い、いや、いやあぁぁぁあーーーーーー!!」

 先が見えない恐怖に怯え、エリサはただ泣き叫ぶことしか出来なかった。



「……結局、謝罪の言葉は無し、か」

 パソコンをスリープモードにして、ふ、と息をつく。

 本当にいじめをする人というのは、自分本位にしか物事を考えないのだな、と思う。成長して少しは視野が広がったかもしれないと思ったが、とんだ見込み違いだ。

 『昔のこと』で済めばどんなに良かったか。それに囚われている自身もまた、自分本位なのかもしれないと自嘲した。

 とりあえず一人は終わり、と卒業アルバムの写真に赤で大きく×印を付ける。

 次はどうしようか、と紙面を滑る目線は、酷く楽しそうに歪んでいた。


(終)

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