【ホラー】この世で一番恐ろしいのは 人間じゃあああ
角砂糖
第1話 鯉のすむ調整池で溺れたショウくんの話
ここは「桜が丘リハビリ病院」
地域の終末期医療を担う病院だ。
私は看護師リホ。
夜勤明けは、あの感覚が研ぎ澄まされる。
今日は21歳のショウくんの魂の話を聞く。
この頃ずっと「聞いてほしい」とまとわりついてくるんだもの。
そろそろ、肉体から離れる時期が来ているのかもしれない。
仕事を終え、タイムカードを押して、
ショウくんの部屋に行く。
9時に見守りの山田さんが来るはず。
その前に、聞いてしまわなくっちゃ。
ショウくん、
身体はまだ生きているけれど、
反応は無い。
水難事故と聞いている。
その時から一度も意識は戻っていない。
だけど、魂は浮遊している。
「聞いて聞いて、リホちゃん聞いて」
とまとわりついてくる。
「はいはい、わかったよ」
ショウくんの話~
あれは小学校の3年生の時のことだった。
学校に行く細い道がある。
パパの車は広い道から出ていくけれど、
ボクは子どもだったから近道を通っていたんだ。
「行ってきまーーーーす」
「行ってらっしゃーーーい」
振り返るとまだママが手を振っていた。
家を出るとお年寄りが住む大きな家があり、門に「山田」と書いてある。
それを過ぎると鯉が泳いでいる調整池がある。
金網の柵があるけれど、穴が開いていて中に入れる。
広い道路を横断して、バス停で少し待つ。
バスに乗るわけじゃない。
友達のトモくんと待ち合わせて学校に行く。
その頃、パパが車で通りすぎる。
パパはいつも窓を開けて、手を振ってくれた。
あの日、ボクは心配なことがあってママに相談した。
「ねえ、ママ。
山田さんちのお年寄りが、いつもボクを見ているんだよ。
ねえ、ママ。
おじいさんとおばあさんが、登校するボクを見てるんだよ。
そしてね、
『ショウくんだよね、気をつけていってらっしゃい。気をつけるんだよ』
ふたりで何か話しながらずっと見てるんだ」
ママに話すと、少し考えて、
マグカップのミルクティを飲み干した。
「お年よりは子供がかわいいのよ。
山田さんってあの大きな家のことでしょ。
きっと息子さんか娘さんがいて、
多分、都会に出ていて、
ショウくらいのお孫さんがいるんじゃないかな。
今度、話しかけてみるね」
でも、ボクは違うと思った。
おじいさんもおばあさんも、怖い目をしていたから。
6月のことだった。
どしゃぶりの雨が降っていた。
山田さんの家の前を通って、もうすぐで家が見えるというところで、
おじいさんに話しかけられた。
カッパを着て、傘を差してる。
「ショウくん、雨で調整池があふれて、鯉が逃げてしまいそうだ。
手伝ってくれないかな。
大事な鯉なんだ。
あれは、息子が小学生の頃、
あの池に放した大事な鯉なんだよ」
ボクはおじいさんに連れられて、
調整池に見に行った。
雨はこの数日どしゃぶりが続いていた。
調整池の水は、おじいさんの言う通りもうすぐあふれそうだった。
側溝にすごい勢いで流れ込んでいる。
「大事な鯉を助けたいんだ。
ショウくんも鯉は好きだろう?
あの網の中に入っている。
ただ、この金網がじゃまをして爺さんは入れない。
だけど、ショウくんは小さいからこの穴から入れるだろう。
あの網を引き揚げてくれないかな。
本当に、大事な鯉なんだ」
おじいさんはバケツを持っていた。
そうか、あの網の中に鯉がいる。
それを引き上げてこのバケツに入れるんだな。
ボクは言われたことをよく考えた。
「穴から入れるのは、できると思うけど……」
「ショウくんは勇気のある子どもだろう?」
「え?」
「見たらわかるよ。毎朝、学校に行く姿を見て、
この子は勇気があるねってばあさんと話していたんだよ」
そういうことだったんだ。
おじいさんとおばあさんは、ボクのことを勇気のある子どもだと思っていたんだ。
ボクは言われた通りに、金網の穴に体を滑らせた。
「通れたじゃないか。すごいなあ、ショウくん。
あの網を引き揚げてくれ」
鯉が入っていると言われた網にはひもがついていて、
金網の柵の下に結んである。
「早く、早く行くんだ。
誰かが来たら邪魔される。
ほら、行くんだ。
行くんだよ」
ふと見ると、傘をさしたおばあさんもいる。
怖い目で見ている。
だけど、ふと笑顔になった。
「頼むよショウくん。
勇気のあるショウくん」
確かにそう言った。
「あのひもを引っ張って、鯉のいる網を引き揚げるんだよ。
できるだけ下に降りて、ほらおしりをつけて滑るように降りていくんだ」
斜面のコンクリートにお尻を付けて、
滑り台を滑るように、
でもゆっくり気を付けて降りて行った。
「うああああああ!」
滑ってしまった。
そして、調整池に落ちてしまった。
網をつかんだ。
中に入っているのは鯉ではなく、
鯉の絵を描いたペットボトルだった。
意味がわからない。
どういうこと?
騙されたの?
ボクはバタバタと腕を動かして
沈まないようにがんばった。
コンクリートの斜面はつるつる滑ってのぼれない。
ずっとずっと、夜になるまでばたばたしていた。
おじいさんもおばあさんも助けに来なかった。
疲れた。
あきらめた。
水に沈んだ。
水を飲んだ。
ボクは病院のベッドにいた。
パパが叫んでいた。
「ショウ。ショウ。
死ぬな。死ぬなあああああああああああ!!」
ボクは自分の体を上から見下ろしていた。
器械がついている。
テレビドラマでよく見る機械。
いろいろチューブがついていて、
液体の入った袋からもチューブがついていて、
でも、全然痛くないからいいや。
ママはボクの体に覆いかぶさっている。
背中が震えている。泣いているんだ。
「脳死ですって?!
嘘よ。
意識は戻ります!!
どうして、ショウはあんなところに行ったの?」
ママが叫ぶ。
パパは何も言わない。
あれからどのくらいたっただろう。
上から見るボクの体が、少しずつ大きくなっている。
髪が伸び、顔にひげも生えてきた。
ママは毎日話しかけてくれる。
「指が動いた気がする」
「笑った気がする」
「海外のデータでは永い眠りの後で意識が戻った例もあるらしい」
ママはラジオをつける。
「いつか目が覚めたとき、時代遅れにならないように流行りの曲を聴かせているの」
ある日の夜、パパが話しかけて来た。
「ショウ。ごめん。
パパのせいなんだ。
山田ショウタという友達がいた。
ショウタと調整池に入って鯉を捕る計画をたてた。
調整池にはだれかが放流した鯉が大きくなっていて、
赤やら金色やらたくさん泳いでいたんだ。
夏休みのことだった。
誰にも言わず、夜、懐中電灯を持って、
水着に着替えて鯉を捕りに行った。
パパはスイミングに通っていたから泳ぎが得意だった。
ショウタはパパより運動神経が良く、
サッカーでもドッジボールでもうまかったから、
パパくらいは泳げるだろうと思っていたんだ。
でも、違った。
ショウタは溺れてしまった。
バタバタして「助けて」と言った。
でも、怖くて助けられなかった。
ショウタがしがみついてきたら、ふたりとも沈むと思ったんだ。
見ていると、ショウタは沈んでいった。
怖かった。
死んだの?ショウタ!!って叫んだ。
そして、大人たちに叱られることを想像した。
もっと怖くなった。
パパは怖くて、急いで水から上がろうとした。
でも、あのコンクリートの斜面はきつく、滑るんだ。
すごく頑張って、やっと上ったパパは、
ショウタを助けなきゃいけないことに気づかなかった。
急いで家に帰って、眠ってしまったんだ。
次の朝、ショウタがいなくなったと騒ぎになった。
パパは叱られるのが嫌で、何も知らないと言い張った。
ショウタのお父さんお母さんが、
「知っていることは何でも話して、叱らないから」
そう言っても、怖くて言えなかった。
パパの両親は、パパを守ってくれた。
ショウタの死体が上がったときも、
この子は一晩中家から出ていないと守ってくれた。
葬儀の日、
「ショウタはすごくいい奴だった」
そういう作文を書いて読んだ。
学校の先生も友達も、地域の人たちも
その作文を聞いて泣いた。
声をあげて泣く子もいて、それにつられてまた泣く人がいた。
校長先生が言った。
「いい作文だった。親友が死んで辛いだろう」
そして、ショウタを忘れて大人になった。
誰も、パパの行動を疑う人はいなかった。
ママと結婚して、男の子が生まれたとき、
ショウという名前にしたのは、ショウタへの罪滅ぼしの気持ちもあった。
パパは、ショウタの良い思い出を繰り返し、
親友を事故でなくしたけれど
親友を思い続けるいい奴と言われた。
だけど、もしかして
山田さんは気づいていたのかもしれない。
許してくれショウ。
ボクはパパの話を聞いて、
山田さんの両親の気持ちを想った。
パパ、謝るのはボクじゃないよ。
山田さんだよ。
上から言ったが、パパには聞こえない。
パパが気づくまで、復讐は終わらないんじゃないかな。
一月前、山田のおばあさんが、ママと一緒に来た。
ママは山田のおばあさんに封筒に入ったお金を渡している。
そして、出て行った。
どうやら、ボクを見守るアルバイトをお願いしたようだ。
ママはすっかりやつれ、心を病んでいるように見える。
入院でもするのだろうか。
そして、山田のおばあさんが、
ママの代わりに毎日来て
ボクに話しかけるようになった。
「お前は、父親の犯罪を知っているのか?
知らないだろう。
毎日ここにきて、話してやろう。
お前の父親は人殺しだ。
ショウタを見殺しにした。
だから、私たちは復讐をした。
長く生きてくれ。
見守りのアルバイトはいい収入になるからな」
そして、ボクの腕を思い切りつねった。
この頃、山田のおばあさんは、嬉しそうだ。
そして、だんだん若返っているように見える。
服も化粧も派手になっている。
満面の笑顔でラジオを付け
ハエたたきでボクの顔をたたく。
パパは来なくなった。
死んだのかもしれない。
リホちゃん、聞いてくれてありがとう
「ショウくん、確かに聞いたよ。
やっぱり、
一番恐ろしいのは、人間じゃあああああ!」
【ホラー】この世で一番恐ろしいのは 人間じゃあああ 角砂糖 @aikohohoho
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