第3話 尋問タイム

「ニノス・ダールグリュン中将閣下」


地下。豊川基地の地下。

目の前の椅子に座る、先端に向けて尖っている長い耳の青年は整った顔を毒々しい色で染めていた。


「情報提供を願えますか」


尋問する俺は椅子の前に立つ。

俺の背後には綺麗に磨かれた鉄扉。10年前、応急処置的に作られた尋問室はそれでも防音面では高いものがある。


「人権とやらがあるんだろ?はっ!人間ごときがっ!!」


殴り掛かってきそうな顔ではあるが一応は自分の立場は分かっているらしい。

愛知県にちょっかいを出していた反体制派のエルフの基地にいたのだ。立場は分かるだろう。

にこりと笑い、中将閣下の目の前に立ち、片膝をつく。


「ああ、勿論です。ダールグリュン中将閣下」


恭しくそう言うと中将閣下の顔に愉悦の色が浮かぶが、俺はそれを微笑ましく思った。


圧倒的上から見下ろすとそう言う景色になるよな。蟻相手にそう言う気分になったの、あるもん。


俺はスティレットを取り出しそれを中将閣下の肩に突き刺す。


「ぎゃっ!?貴様!」


おお、痛みに耐性があるのか。じゃあ無理しても大丈夫だな。

スティレットを抜いて、中将閣下がこちらを睨み上げた。


「ちなみに治癒の魔術がつかえるので、大丈夫。死にませんよ」


ひくっと中将閣下は口の端をひきつらせた。


「ま、待て。人権が、あるんだよな?」

「ええはい。ありますね。で?」


がたんと音を立てて中将閣下は椅子から立ち上がり鉄扉に向かって走り、手錠をされた状態で何度も何度も叩いた。


「助けてくれ!!こいつまともじゃない!!」

「あはははは。聞こえませんよ。魔力制御装置がつけてあるから中将閣下は魔術を使えない。素手じゃここから出られない」


スティレットを片手に中将閣下に近づく。

そして腰から下がっている鍵の束を見せつける。


「これで外に出られますよ」

「……」


それに手を伸ばす中将閣下の手の甲にスティレットを突き刺す。


「ぎゃ!」


そのままの勢いで石畳の床まで突きさすとダールグリュンは土下座の体勢を取らざるを得ない。


「ひっ!なんだ?何の情報が欲しい!!」


俺はしゃがみ、ぐりぐりとスティレットを弄りながらにこりと笑う。


「軍の規模は知っている。装備も知ってる。展開している部隊が知りたいんだわ」


スティレットを引き抜きそれまで黙って立っていたサイボーグ兵がダールグリュンを立たせて椅子に座らせる。


「で?展開しとる部隊はいくつだん」

「……」

「針もってきてくれるかん」

「はい」


なにが起こるか察したダールグリュンが叫ぶ。


「2師団だ!!愛知県に宣戦布告の準備をしている!!」

「ほーん」


スティレットの先で爪の垢を取りながら興味なさげにすると慌てて付け足す。


「ウィルミン・ティンヌルラゴ中将と私で行う予定だった!!」

「ほうほう」


くるくるとスティレットを手で回しながら聞く耳を持つと安堵したように溜息を吐く。


「で?いつだん」

「……5日後」

「はあ、そうかん。じゃ、東京楽しみんね」

「ひ!?ま、まて解放してくれるんじゃないのか!?」

「東京、市ヶ谷基地。栄転だに。よかったねー」


ぱらぱらと拍手をして、それを見たダールグリュンが縋り付くがサイボーグ兵がそれを引きはがす。


「じゃあねー」


ひらひらと手を振って鉄扉を開けて歩き、檻から出て鍵束を詰所の軍人に渡し階段を上がる。

スティレットを鞘に納めて欠伸を漏らす。


「ふわ」

「……島風少佐は、サイボーグ化なさらないのですか」


合流した岡田中尉はそんなことを宣う。


「俺かー。俺なー魔術師だもんでねぇ」

「魔術師でもサイボーグの者もいますよ」

「お前はしたいだかん」

「いえ、俺……私は獣人の血を引いているので、成人しておらず、まだできません」

「あん?何歳だん」


驚いて振り返ると階段が相手の方が一段下なのに頭一つ高い所にある顔がこちらを見下ろした。

獣人は成長が人間より早く青年期がかなり長い。


「私はスキップしたので9歳です」

「うへあ」


日本の法律もかなり変わった。

成人する年齢の16歳までの引き下げ、学力のスキップ制度。異世界からの異種族との混血児との区別化。

目の前の岡田中尉はまだたったの9歳。

獣人は戦闘狂が多い。頭のできはいまいちのはずだが、そこは片親がカバーしたのだろう。


「そらエリートだわ、なんだん。サイボーグになりたいだかん」

「ちょっと憧れますよね」

「ああ、やめときん。金ぇかかるし潰しがきかんで、辛いに」

「ええ、ああ、はい」


ちょっと曖昧に返事をされて俺は笑った。


「俺は何歳に見える」

「20代前半でしょう?」

「ぶぶー。26歳」

「誤差じゃないですか」


あはははと笑いながら階段を上り切り、岡田中尉の顔を見上げた。


「俺、今年で36歳」

「へ?ただの人間でしょう?なんでですか?」

「あー授業でやらんかったかん。魔力が高いとどの種族でも、一定の年齢で成長が止まるんだに」


ぎょっとした目でこちらを見下ろす岡田はまじまじとこちらを見る。


「魔力のランクいくつなんですか?」

「A判定」

「う、うわっ」


Aと言えば特級。軍では無条件に大尉以上になるほどの魔力数値だ。

だけどこれは嘘。A?そんなちんけなランク判定ではなかった。


EX


S判定の魔術師ですら秘匿されるのだ、SSS判定の上のこの判定の魔術師は当然秘匿される。

軍の切り札。国の切り札になりえる存在だ。それと同時に爆弾でもある。

そんなものがもし平凡に生活していたら?勿論それは回収され、軍に下るよう命令される。

拒否したらどうなるか?脳をいじくりまわされて、お陀仏。

日本には10年前、2人のEXランクが存在した。

ひとりは俺、もう一人は女子高生だった。

彼女は賢く、冷静だったがどう転んだって子供だ。

拒んだ。軍に下ることを拒み、施設を俺以外全部吹き飛ばした。

即座にその女子高生を殺すように命令が下されたが、俺は躊躇した。だって子供だ。殺せない。

だが、彼女は炎をまき散らしながら街の方へと走って行ってしまった。だから追いかけた。止めなくてはと思い、声を上げた。


瞬間。彼女はこちらを振り返り、呟いたのだ。


「殺して」


聡明な彼女は分かっていたんだ。自分がどうなるか。実験台を欲しがった政府がどう手に出るか、よく分かっていた。


だから、俺は、彼女を殺した。安らかな音楽と共に、塩の柱にした。


「あれから10年か」


何も感じない。

殺してしまった罪悪感はどこかに消えた。

俺はきっと壊れた人間だ。


「生きとる意味ってなんだん。気力ないわ」

「人それぞれじゃないですか。金が欲しかったり、恋人欲しかったり、結婚したかったり、出世したかったりとか?ああ、あと、推しを推す事とか」

「はあ、そうかん」


とぼとぼと歩きながら煙草に火をつけた。


「魔術師って便利ですねー」

「そうだねー」


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