第一章 「同居生活の始まり」

春休みも中盤に差し掛かったある朝。浩次郎がいつものように早起きし、体育館で自主練をしていると、静かな足音が近づいてきた。


「おはようございます!」


その明るい声に振り返ると、そこには美伽が立っていた。髪を整えたばかりなのか、茶髪のショートヘアが朝日に照らされ、まぶしく輝いている。


「あんた、またこん時間から練習しとっと?」

「あ、志布志先輩……!えっと、俺、いつも早めに来て準備してるんです」


浩次郎の声は少し上擦っていた。オープンスクールで見た美伽の姿が鮮明に脳裏に蘇り、緊張で動きがぎこちなくなる。


「ふーん……真面目やな。あたしも朝練のつもりやったけど、もう先客がおるとは思わんかった」

美伽はラケットを手に、コートの中央へと歩いていく。その動きは無駄がなく、どこか優雅さすら感じられる。


浩次郎は思わず彼女の後ろ姿を見つめながら、(すごか先輩や……)と心の中で呟いた。


その日の夜。浩次郎はいつものように母・照子と夕食を取っていた。食卓には鹿児島ならではのさつま揚げや黒豚しゃぶしゃぶが並び、香ばしい匂いが部屋に漂っている。


「あんた、最近ちゃんと食べとるね?運動量が増えた分、しっかり栄養とらんばいかんよ」

照子が心配そうに言うと、浩次郎は箸を置いて答えた。


「わかっちょっとよ。けど、俺、もっと強くなりたか。それにはこれくらいの練習が必要やっち思う」


その時、玄関のチャイムが鳴った。照子が立ち上がり、扉を開けると、そこには美伽とその母・宮子が立っていた。


「こんばんは。突然のご訪問、失礼します」

宮子が丁寧に頭を下げると、照子は驚きつつも笑顔で迎え入れた。


「いやいや、どうぞ上がんない。何かあったんか?」


話を聞けば、美伽が家の事情で引っ越しを検討しているという。バドミントン部がない高校へ転校する可能性もあるとのことで、浩次郎の胸がざわついた。


(先輩が……転校するかもしれんと?それじゃ、仏桑花高校での目標が……)


浩次郎は居ても立ってもいられず、美伽に向かって口を開いた。


「志布志先輩!」

彼の声が少し大きく響いた。その勢いに美伽が驚いて振り返る。


「俺、先輩のこと見たとです。あのオープンスクールの日、体育館で自主練しとった時のこと……」


美伽の目が大きく開かれる。


「あん時、俺は感動したんです。先輩の努力の姿を見て、俺ももっと頑張らんといかんと思った」


浩次郎の言葉に、美伽は言葉を失ったようだったが、やがてぽつりと呟いた。


「……そんなとこ、誰も見とらんと思っとったのに……」


その日、美伽の引っ越し問題は照子と宮子の話し合いにより、一つの結論に至った。浩次郎の家で美伽が一時的に暮らしながら、バドミントン部での活動を続けることになったのだ。


「志布志さん、これからよろしく頼むよ。うちの浩次郎も部活で忙しかけど、一緒に頑張りんさいね」

照子の言葉に、美伽は深々と頭を下げた。


「よろしくお願いします」

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