六文銭で酔っ払い

風馬

第1話

江戸の町で酒に溺れた辰吉が、死んでなおその習性を変えることなく三途の川に立っていた。手には渡し賃の六文銭。しかしその六文銭はすでに手元にはなく、辰吉の腹の中、いや、厳密には辰吉が川岸の売店で買った安酒と化している。


「いやぁ、うまかった!あんな旨い酒があるなら、川なんぞ渡らんでもここで一生暮らしたいもんだ。」

辰吉が手を叩いて笑っていると、背後から太い声が響いた。


「一生暮らしたいだと?てめぇはもう死んでんだろが!」


振り返ると、鬼が仁王立ちしている。角が二本に、体格は熊ほどもある。その鬼が辰吉を睨みつける。


「渡り賃がねぇやつは川を渡れねぇのが決まりだ。さっさとあの世へ帰れ!」


辰吉は焦った。酒を飲んだ記憶しかないが、このままじゃ本当に渡れなくなる。そこで、ひとまず鬼に掛け合うことにした。


「おいおい、兄貴、そんなこと言うなよ。そりゃ酒に六文銭使っちまったが、俺だって真面目に生きてきたんだ。ちょっとぐらい見逃してくれよ。」


鬼は鼻を鳴らした。「真面目に生きてきた?どの口が言うんだ!お前の人生、飲んだくれで終わってんじゃねぇか!」


「そりゃそうだけどよ、俺が飲んだおかげで酒屋の親父も助かってるしな。それに、川を渡らねぇと成仏できねぇだろ?」


「ふざけるな!」鬼はドンと地面を踏み鳴らした。その勢いで辰吉はよろめき、思わず鬼の足を掴んだ。


「待て待て!分かった、じゃあこうしよう!この体力自慢の俺が、渡し舟の代わりに漕ぎ手になるってのはどうだ?」


「漕ぎ手だと?」


鬼は腕を組んで辰吉を見下ろした。酔っ払いの戯言だと思ったが、辰吉の目は意外と真剣だ。


「お前が漕ぎ手になれるもんならやってみろ。ただし失敗したら地獄行きだ!」


こうして辰吉は三途の川で漕ぎ手として働き始めることに。だが、船に乗り込むときに「船酔い」し、川を渡るたびに酒を飲む始末。


「これじゃあただの飲んだくれが増えただけだ!」鬼は頭を抱えたが、辰吉は笑ってこう言った。


「でもほら、俺のおかげで地獄行きが増えたろ?」


結局、辰吉は鬼に追い返され、三途の川の岸で酒を飲む幽霊として新たな伝説を作ることになった。


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