週末だけの巫女バイトは煩悩しかない。
🐺東雲 晴加🌞
週末だけの巫女バイトは煩悩しかない。
「はぁ……ヒマ」
一月も十日を過ぎれば世間のお正月気分はすっかり消え失せ、日々はもう通常運転と言っても過言ではない。
ただ、神社では二月まで初詣参りを受け付けているため、
神主である伯父から頼まれて巫女のバイトを引き受けたが、大きな神社ならいざ知らず、はっきり言って人など殆こない。人が来なければ楽でいいが、来なければ来ないで時間の流れが遅すぎる。
好きなアイドルの推し活資金のため、仕事内容に比べれば高いバイト代に目がくらんで引き受けたが、一月の寒空の下では足元にストーブがあるとは言え寒いし、少しばかり引き受けたことに私は後悔していた。
「すみません、絵馬一ついただけますか?」
余りの暇さに嫌気がさしてきた頃、目の前にマスクをキッチリ付けた男性が絵馬を指さした。
「は、800円になります」
慌てて顔を引き締めて絵馬を渡す。
男性……と言っても学生だろうか? 紺色のダッフルコートにサラサラの黒髪。目元はすっとしていてちょっと日本人形みたいな印象だ。
(この時期に絵馬か。受験生かな)
彼は黒い猫の縫いぐるみが付いた学生らしいディバックから財布を取り出すと、千円札を出してお釣りと絵馬を受け取った。
「俺、こっちで絵馬書いてるからちょっと待ってて」
どうやら後ろに連れがいたらしい。
彼は連れの身長の高い男性にそう言うと、少し離れた絵馬の後ろにお願い事を書くペンの置いてある場所に移動した。後ろにいたもう一人の男性は授与所のお守りコーナーを眺めている。
「すみません。こちらの神社って確か学業系のご利益があるんですよね?」
マスクの下から聞こえた声は柔らかくて艶がありドキリとする。
「は、はい。そうです! えと……学業成就と、合格祈願がありますよ」
そう言って赤と青色のお守りを指さした。
お守りを物色していた彼が青い合格祈願守りを差し出す。
「……じゃあ、これを」
「はい、こちら1000円になります」
そう言って彼が差し出した千円札を受け取った。
(う……わ……! この人、絶対イケメン……!!)
さっきの彼も綺麗な顔をしていたけれど、こちらの彼はマスク越しでも解る超絶イケメンだった。色素の薄い髪と瞳しか見えないが、もうそれだけでマスクのしたは絶対的美形が隠れていることが解る。
「ありがとう」
イケメン君はにこっと(笑った気がした)目を細めてお守りを受け取ると、絵馬を書きに行った彼を追いかけて去っていった。
絵馬を書いていた彼はもう願い事を書き終えていたようで、授与所の前にある絵馬を吊るす場所に願い事を書いた絵馬をかけている所だった。
「なんて書いたの?」だとか「うるさいなー、いいだろ」などと途切れ途切れに声が聞こえる。
(仲良しだなぁ……友達同士かな)
二年ほど前に受験を終えた自分はそんな二人を微笑ましく眺めてしまう。
そのうち絵馬の彼が「もー! ホラ、先いけよ!」とイケメンの彼の背中を押した。イケメン君は「えー?」と言いつつも言われたとおりに先に参道に足を進める。
残された絵馬の彼はイケメン君が参道に出たのを見送ると掛けた絵馬に祈るように手を合わせ、もう一度願をかけるかのようにそれに触れた。
そしてイケメン君の背中を追いかけて少し小走りで駆けていった。
(え)
授与所の前を通った彼の顔は傍目にも解るくらいに赤くて。思わずびっくりする。
絵馬を書いて掛けるまでの過程に赤面する要素があったか? 受験生の絵馬なんて、『合格しますように』一択ではないか。
「……」
彼が何処に絵馬を掛けたのか、見ていた自分はすぐにわかった。
授与所からそろりと出て彼の書いた絵馬の前に立つ。
いけないとは思いつつ、彼の書いた絵馬をそっと裏返した。
そこには、
『彼のとなりにいつまでもいられますように』
と几帳面な綺麗な文字で書かれていた。
「……うぁ」
喉の奥から変な声が出た。
そう言えば、あとから来たイケメンは合格祈願のお守りを買っていた。と言うことはあのお守りは十中八九絵馬の彼に渡すものだろう。
こんな時期の外れた時に初詣と合格祈願に来た二人。仲良しなのは間違いない。
間違いないが。
(えぇ? なに? これって、そういうことぉ……!?)
絵馬の彼があのイケメン君を追いかけていった後、一体二人はどうなったのだろう。
気になりつつも、流石にそれは私にはわかり得ないことなので、なんとか想像の中に収めることにした。
「……と、尊ぃ……」
寒くて暇だっただけのバイトが、急に推しのイベントに行った時のような気持ちになる。
巫女の格好をしているが、頭の中身は煩悩だらけだ。でもそれも仕方ない。
だってただのバイトなのだから。
……後日、テレビで観た俳優が、先日のイケメン君だと気づいて一人叫んだのはまた別のお話。
❖おしまい❖
2025.1.1 了
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