五、寒風に吹かれて
ダウンジャケットに黒パンツといった黒ずくめの姿で、私は最寄り駅から電車に乗る。終点駅で下車するため、先頭車両に向かって一両、また一両と、乗客の少ない車内を歩いていく。
すると、「よぉっ」と気安く声をかけられた。
横長の座席には、見覚えのある顔があった。
茶色に染めた長い髪を後ろに束ね、白いコートを着た森川英美。笑うと糸目になる、私の幼馴染だ。
幼稚園の卒園を機に住んでいたマンションから引っ越し、小中学校は同じだったが高校は別々となり疎遠に。最後に会ったのは大学在学時。地元のスーパーマーケットで一緒にバイトをしたときだから、およそ四年ぶりの再会だった。
「ひょっとして彩ちゃん、就活中?」
「ううん。出勤中」
彼女の隣に座ると、手提げカバンからリーフレットを一枚取り出し、手渡す。
「へえ、フットケアサロンで働いてるんだ」
「よろしければご利用ください。森川さんは?」
「私も出勤中。なかなか決まらなかったから、親のツテを頼って競輪場で事務をしてる。それより、彩ちゃんって癒し系の仕事がしたかったんだね」
聞かれて、私は肘を抱えて頷く。
「したかったというより、しなければいけない気がしたの」
「ふうん、そうなんだ」
すると森川さんは右手を私の額に近づけ、人さし指で弾いてきた。
「痛いって」
額に手を当てて擦ると、森川さんは、いしししと笑う。
「気になっていることがあるんじゃない?」
問われて、海呂くんの顔が浮かんだ。
以前も、彼女と同じようなやり取りをしたことを思い出す。どうしてわかるのだろう。すごいなと思いながら、彼の名前をふせて打ち明ける。
「昔から良くしてくれた人がいて、迷惑ばかりかけてきた。でも、いつしか距離ができて、いまでは疎遠になってしまったの。遠ざけたいわけじゃないのに、どうしたらいいのかな」
森川さんは糸目のまま、眉間にシワを寄せて聞いていた。ゆっくり糸目を開いていく。
「喧嘩別れしたのと同じね。『あのときはゴメン』って素直に謝って、付け足していけばいいよ」
「付け足す?」
「過ぎたことは戻らない。そんなことを気にするより、今、これから、どうしていくかが大事なんだよ」
真剣な眼差しで、私を見つめていた。
「すごいね、森川さんって。答えをくれる」
「私なんて全然すごくないよ。いい加減で、テキトーに生きてるんだから。彩ちゃんは昔から、真面目に考え過ぎるんだって」
終点の改札口を抜けて、私は森川さんと別れた。
遠ざかる彼女の背中を見送りながら、森川さんこそ『まさかのときの友』だと思い、生き方を見習おうと胸に刻んだ。
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