第8話

「……古藤です」


「どうぞ」



着替えながら返事をすると、部屋の扉が開く。



「結婚の話、保留になさったんですね」


「ええ、なんだかあっちは乗り気じゃないみたいだし」


「……そうですか」



感情の掴めない表情でそう言う彼女に、不思議に思って目を向ける。



「なに?」


「いえ、ただ、使用人の間である噂があって」


「噂? 御堂の?」


「御堂康之さんの噂です」


「……」



部屋着に着替え終え、扉付近で立ってる古藤を無言で見る。何かを訴えるように私を見つめてくる彼女に少しため息を吐いた。



「あなた達が最近やけに私の結婚に反対するのはそれ?」


「……ええ」


「お茶いれるわ。座って話しましょう」


「では、私が」


「ありがとう」



古藤は部屋の奥にあるミニキッチンに行くと、紅茶を入れて戻ってくる。


ソファに腰掛ける私の前のテーブルにそれを置き、「失礼します」と言って向かいに座る。


私はカップを持ち、湯気のたつ紅茶を一口飲んだ。



「御堂康之さんには恋人がいるらしいんです」



俯きがちに言った古藤の言葉に、目を見開いた。咳き込みそうになって慌ててカップを置き戻す。



「こ、恋人?」


「はい。大学時代から付き合ってる女性だそうです」


「へぇ…。ああ、だから…」



私との結婚をひどく嫌そうにしていたその理由に納得する。

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