第12話 料理に込められた思い ~ツキの祈り~
月が高く昇り、柔らかな光が「月のキッチン」を包んでいた。カイは、ツキが食材を丁寧に扱う姿をそばで見つめていた。静かな夜の厨房には、包丁が食材を刻むリズムと、鍋から立ち上る湯気の音だけが響いていた。
「ツキさんの料理って、ただ美味しいだけじゃないですよね?」
カイが問いかけると、ツキはふっと微笑んで手を止めた。
「カイさん、料理はね、ただお腹を満たすためのものではないの。食材には、それぞれ命が宿っているわ。その命をいただき、感謝の気持ちを込めて料理にすることで、食べる人の心と体に力を届けるのよ。」
ツキは、手元にあった真っ赤なトマトをそっと持ち上げた。
「例えば、このトマト。土の力、太陽の光、雨の恵み、そして農家の方々の手によって育てられたもの。こうして手に取れるのは、たくさんの奇跡が重なったからなの。」
彼女はそのトマトを鍋の中に入れながら、目を閉じて静かに祈った。
「この命をいただき、必要としている方に力を届けられますように……。」
カイはその光景を見て、料理が単なる技術ではなく、深い祈りと願いが込められた行為であることを初めて実感した。
「ツキさんの料理は、いつも特別な感じがするんです。食べると心が軽くなるというか……」
カイが言うと、ツキはそっと鍋の蓋を閉めながら答えた。
「それはね、料理を食べる人を思い浮かべながら作っているからよ。疲れた心を癒したい、勇気を与えたい、そんな想いが料理に宿るの。」
彼女はカウンター越しに座るカイの目を見つめた。
「カイさんにも、料理を通じて伝えたいことがあるわ。あなたが自分を見つめ直し、前に進む力を取り戻せるようにと願っているの。」
カイはその言葉に胸が熱くなった。
「料理って、こんなにも深いものだったんですね……。僕はずっと食事をただの作業のように感じていました。」
ツキは優しく微笑み、鍋からスープを掬い、小さな器に注いでカイに差し出した。
「このスープには、新月の力を宿したハーブを使っているわ。心を浄化し、次の一歩を踏み出すためのエネルギーを届けてくれるの。」
カイはそっと器を手に取り、一口すする。口の中に広がる香りと味わいは、言葉にできないほど深い温かさと安らぎをもたらした。
「ツキさん、どうしてそんなに人のために尽くせるんですか?」
カイの問いに、ツキは一瞬考えるようにしてから答えた。
「それは、私自身が月に助けられたからよ。月の光が、私に生きる希望をくれたの。だから今度は、私が誰かの希望になれたらと思っているの。」
その言葉に、カイは深い感銘を受けた。料理を通じて人々に寄り添うツキの姿は、ただの食堂の主人ではなく、まるでこの村の守護者のように思えた。
ツキの言葉と祈りを胸に刻んだカイは、自分もまた誰かのためにできることを見つけたいと強く思った。その夜、月明かりの下で食べたスープの味は、彼の心に深く刻まれ、これからの道を照らす光となった。
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