全国怪奇新聞社 藤本の手帳

とろり。

第1話 きっかけ


 初めて暴力を振るわれたのは中学一年の時だった。




 それまで父は優しい、誰もが認める理想の父親だった。だが父は会社をリストラされるとその態度が急変したのだ。

 私は抵抗することもできずに、ただ耐えることしかできなかった。日に日にエスカレートしていく父の暴力。私は黙って振り下ろされる父の手を見ていた。

 泣いたこともあった。けれど父は泣いている私を見ても気にしてないように、頬を叩くのであった。

 母が割って入ることもあったのだが力関係はやはり父の方が上で、母もまた暴力の対象になった。私と母はその世間体から外に助けを求めることができなかった。黙って耐えるしか方法がなかった……。


 父方の姉(由希ゆき)が我が家を訪れることがあった。父のリストラのその後を心配してのことだった。由希ゆきは福祉施設の職員として長年務めていた。小さな希望を感じ、私は由希に現状を伝えようとした……。が、父は私に忠告おどしした。


「俺のことには一切触れるな。お前は部屋に戻っていろ」


 父の充血する目が私を睨む。私が部屋に戻ると、父は作り笑いを浮かべて由希に話し掛けた。

 母は実家に一時的に帰っていて家には私だけ。戸の向こう側から父と由希の会話が聞こえてくる。


「ははは、リストラされちゃってさ」

「大丈夫なの? 生活費は?」

「貯金がいくらか残っているから心配いらない」

「ほんと? あんた中学一年の娘がいるんだから頑張らないといけないわ。再就職しなさいよ」

「再就職って……。この年じゃどこも雇っちゃくれないよ」

「ほら、求人票。職安からもらって来たわ。ちゃんと目を通しなさいよ」

「分かったよ」


 姉の由希はしっかりと父の置かれている状況を理解していた。だが、『暴力を振るう』ことまでは知らないようだった。

 父が由希を見送ったあと、私の部屋に荒い足音を立てて近づいて来た。そして戸を開けるとまた私に暴力を振るうのだった。すべてを私のせいにして……。




 その頃からだった。もう一人の〝わたし〟と共存するようになったのは……。




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