『ガランド』に舞い込んだとある依頼②
「なら、近くで起きた死亡事故や大きな事件を調べてみますね」
火種が無いのなら、周辺から煙を集めるしかない。そんな那海の意図を汲み取ったのか、無言でエビピラフと対峙していたくららがスマホを取り出し、指を高速で動かした。
「佐伯さんが持ってるマンションって、なんて名前ですかあ」
くららが間延びした声で問いかける。人工知能が出力したかのように大きく整った形の瞳が、橙色の照明を吸収して爛々と輝いていた。
「『シーサイドマンションうみねこ』で検索すれば出るはずだよ」
「おっけーです。あー、■■町なんですね。
「くららちゃんの世代だと新鮮に映るかもね。僕にとっての昭和はリアルだけど」
佐伯がそう笑うので、那海は驚きの声を小さく漏らしてしまう。昭和世代だとしたら、彼はどう少なく見積っても三十代中盤だ。しかし、色白の顔には皺どころかほうれい線さえ刻まれていなかった。
「佐伯さんがヤクザなら、そのマンションで誰か殺しちゃえば早いんですけどねえ」
そんな那海の観察は、くららの冗談で遮られる。隣を見やると、くららのスマホには黒抜きの画面が表示されていた。どうやら■■町に伝わる怖い話のサイトを開いているようで、くららの親指に合わせて白い文字が高速で流れていく。
「投身自殺が多い岬に、山奥に放置された幽霊屋敷。あとは旧道沿いにあるドライブインの廃墟かあ。ウソかホントかはともかく、怪異のパーツは揃ってそうかも」
くららの言葉を受け、那海は頭の中で今回のプランを思い描く。佐伯が所有する物件の周りに心霊スポットがあるならば、それぞれの怪異が『シーサイドマンションうみねこ』に押し寄せるかのように見せればいい。くららもその算段が立っていたらしく、にっと白い歯をこぼしていた。
「佐伯さん。じゃじゃ、この依頼はあたし達がパパッと」
「くらら、ちょっと待って」
が、片手を挙げて受け入れ態勢だったくららを制し、那海は佐伯を睨み付けた。もうひとつ、片付けておく問題があるからだ。
「反社会勢力の人間と関わっていることがバレたら、私たちはチャンネルを存続できなくなります」
『ガランド』はファンも多いがアンチも多い。批判内容は容姿に対するやっかみや、人の死を弄ぶなといった主旨のバッシングなど様々だが、アンチに共通するのは石を投げるために常日頃から目を光らせているという点だ。
仮に『ガランド』が反社会勢力のビジネスに関わったことが明るみに出れば、炎上の材料にされるのは言うまでもない。そうなった場合、那海としては「ヤクザだなんて知らなかった」のスタンスを貫きたかった。
しかし佐伯は、那海の懸念を予め予想していたかのように、流暢な返答を口にした。
「ああ、その点は心配しないで。実質的なマンション管理は
那海は密かに胸を撫で下ろすが、まだ懸念点は残っている。佐伯が反社会勢力の人間だと知っていれば会うことはなかったし、そもそも佐伯が馬鹿正直に身分を打ち明ける必要もない。もっと言えば、一般人としての顔がある小手指とやらに対応させたほうがスムーズだったはずだ。
この依頼には、なにか裏がある。
那海はそう確信し、アイスコーヒーに口をつける。苦味の中から現れた人工甘味料のかたまりが、喉の奥にまとわりついた。
「すみませーん、プリンパフェもお願いします。できるだけ生クリーム多めで」
思慮深い那海とは対照的に、くららは緊張感のない声でデザートを追加注文する。もっとも、思考するのはいつだって那海の役割だった。
普通に考えれば、不運を呼び込む彼女が迷惑メールフォルダから見つけた案件など不幸の種でしかない。気づかないうちに芽を張り巡らし、内側から一気に開花するのだ。これは那海がくららと過ごすようになってから何度も痛感したことだ。
しかし、那海には普通に暮らすという選択肢なんて存在しない。大学卒業後も定職に就かず、世間的に見れば胡散臭いオカルト・ホラーで食べていくためには、自らに降りかかる不幸さえ切り売りしなければならないからだ。
那海がふたたび顔を上げると、佐伯は答えを確信したかのような笑みを浮かべていた。
「ありがとう。じゃあ、約束通り前金は今すぐに振り込んでおくね」
「……はい、わかりました」
那海は目を瞑り、静かに頷く。報酬は二の次という体裁を保っているが、那海の心の中で金色に輝く算盤が弾け飛んでいた。YouTuberはとにかく浮き沈みが激しい職業なので、お金はいくらあっても困らない。
今回の案件は手付金としてまず百万円が支払われ、動画の完成報酬で二百万円がプラスされる。そして反響があれば、成功報酬として出来高で振り込んでくれるらしいのだ。
反社会勢力と関わるリスクは大きいが『ガランド』が軌道に乗り切るまでの生活費は喉から手が出るほど欲しい金額だった。
依頼を受ける価値はある。
那海はそう結論づけ、すっかり冷めてしまったミートドリアにスプーンを入れる。アイスコーヒーの氷がからんと音をたて、グラスの奥へと沈んでいった。
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