勇者を仰ぎ見るキノコ狩り

雪野

第1話

異世界に転送され、神にも等しい力を得て世界を救う。


 アニメを見た直後は、そんな事を思ったかも知れない。だがそれは、食事をして風呂に入れば忘れてしまうくらいの夢想でしかなかった。


 では、実際に転送されたらどうなるか。


 1つの国に王が1人しかいないように、大半の人間は単なる民草に過ぎない。つまり俺が転送されようと何の力も得はしないし、物語の主人公になりもしない。



高校生だった俺が絵に描いたようなファンタジー世界に放り込まれたのは、3年ほど前。そして今生業としているのは、森に入っての植物採集。それを街の商店に卸し、日々の糊口を凌いでいる。


 祈れど願えど力は沸き上がらず、3年掛かって得たのはキノコの見分け方くらい。それも経験によるもので、また誰にも出来る事だ。


 英雄どころか冒険者ですら無く、将来の事など考えたくも無い。


「パンとシチュー。それとチーズ一欠片」


「毎度」


 愛想の良い猫耳のウェイトレスを見送り、手持ちを木製のテーブルに広げる。少し値の張るキノコを見つけたため、しばらく金策に悩む必要はなさそう。だから今日は、久しぶりのチーズを堪能出来る。


「上から順番に持ってきて」


「毎度」


 景気の良い注文をしているのは、俺と同時期に転送された元同級生。、今は誰しもが、彼を勇者と呼んでいる。実際それだけの働きをし、この街のみならず国からの援助もあると聞く。


「お待ちどうさま」


「ありがとう」


 猫耳のウェイトレス礼を言い、パンをちぎってシチューに浸す。料金の割に量が多く、なんともありがたいメニュー。また味も良く、俺にとってのまさに命綱だ。



 勇者達の盛り上がりをよそに食事をしていると、少し離れたテーブルにローブを被った女が視界に入った。この店では初めて見る客で、人の事は言えないがどことない不審さを感じる。


 他国のスパイか、それともスカウト。俺には縁の無い話だと思いつつ、久しぶりのチーズを口に運ぶ


「……ワインはいかがです」


 気付くとローブの女が目の前に座り、木製のジョッキをこちらに向けてきた。それを丁重に断り、わずかな手持ちを革袋へと戻す。


「勇者達とお知り合いのようですが」


「一緒の世界から来ただけで、話した事も無い。向こうは俺の事なんて、存在すら知らないだろ」


「その力の差故に」


「まあね」


 もはや卑下する対象ですら無く、全くもって別次元の話。彼の動向で俺の人生が左右される事はあっても、俺が何をしようと彼にはわずかにも影響を及ぼさない。


「妬ましいとか取って代わりたいとは」


「……何の話かな」


「失礼しました。ここではなんですから、上に行きましょうか」


 しなやかな仕草で立ち上がった女はカウンターで店主に話しかけ、そのまま階段を上っていった。何者かは知らないが、俺に用がある人間などいないはず。


 それ故の不安。しかし興味が勝り、俺は彼女の後へと続いた。



 食堂の2階は宿となっていて、俺の借りている部屋よりは整っていて清潔。この街で、俺の部屋より下を探す方が難しいとも言えるが。


「俺が何かの役に立てるとは思えないが」


「力が無いから? 逆に力があれば?」


 ローブの下から見える、女の薄い唇がわずかに歪む。思わず腰の短剣に触れるが、ウサギ相手にも苦労するレベル。この得体の知れない女に敵うとは、到底思えない。


「ご心配なく。魔女やその類いではありません。あなたに力を与え代わりに魂を頂く。などいった事でも、勿論」


「だったら俺に声を掛けた理由は?」


「今の立場に絶望もせず、渇望もせず。あるがままを受けて入れている。むしろあの勇者よりも、この世界に馴染んでいるのではと思いまして」


 勇者よりかはともかく、単なる住民としてなら十分に馴染んでいるだろう。何の力もない自分がこの世界で生きるためには、そうするしかないのだから。


「だからこそ、この世界の人が何を望んでいるかが分かると思いまして。それも、別世界の視点として」


「視点?」


「……そもそも、この世界に異世界の者が招かれる理由はご存じですか」


 これは転生した初日に、街の寺院で聞かされた。魔の根源たる存在に対抗出来るのは、異世界の力を持った者のみ。ただ強大な力を持つ者だけを呼び寄せる事が出来ないため、俺のような役立たずも一緒に連れてこられると。


「疑問に思いませんか? 異世界から大勢の人を召喚する程の力がありながら、魔の根源を倒せないのはどうしてかと」


「それだけ魔の根源がすごいのでは?」


 俺も答えながら、その違和感には気付いている。そこまでの魔の根源とやらが強いのであれば俺などは真っ先に前線に送られ、役割はどうあれ使い潰されているはずだ。



 俺の表情から答えを読み取ったのか、ローブから覗く唇はさらに歪む。


「茶番、とは申しませんよ。とはいえどの世界にも、娯楽は存在するもの。あなた達の世界でも、パンだけでは無くサーカスが必要だったように」


「大昔の話だろ、それは」


「今は違うとでも?」


「違わないかもな」


 国家が提供しているか、企業が提供しているかの違い。また国によっては、未だに国家主導で提供されてもいる。


「勇者が悪を倒し、姫を娶ってめでたしめでたし。以前はこれでもよかったのですが、人というのは飽きっぽい生き物。とはいえ奇をてらえば良い物でも無く、少々行き詰まっていた所です」


「荒唐無稽だが、意味はなんとなく分かった。ただ勇者が踊らされてるからと言って、それが俺にどう関係する」


「異世界を知り、この世界を知り、お互いに利害を持たない。何も無い故、逆に得がたいと思いまして。勇者の進むべき道を示す者として」


 つまり俺に、茶番のシナリオを書けという訳か。


 女の雰囲気は至って真剣。口元こそ歪んでいるが、冗談を言っているようには思えない。


「それが本当だとして。俺が絵を描いたと知られれば、死刑は必至だろ。いや、死刑よりろくでもない目に遭う」


「ご心配なく。こんな荒唐無稽な話。あなたを人身御供に差し出したところで、誰にも信用されません」


「……分かった。俺もキノコを狩るだけでは厳しすぎると思ってた所だ。それでシナリオは、どう書けばいい」


「あなた達の世界にある物を、ある程度流用します。原理は違うのですが、文字を紡ぐ事が出来れば良いだけですから。確認もかねて、あなたの家に案内して頂けますか」




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