第2話 照明のない漆黒の部屋
照明のない漆黒の部屋の中。特殊なサングラスをかけた二人組の男が、中央に設置された細長い金属製の台を挟んで向かい合っていた。一人は真紅のスーツを身にまとい、一人は青藍のスーツを身にまとっていた。
赤いスーツの男は白髪の前髪を片側へ除けると、中央の台に手を伸ばして、正方形の金属塊を取り上げた。
「準備は整った。あとは種を蒔くだけだ。なに、ばら撒きはしないさ。うるさいハエにたかられては、折角のディッシュが台無しになる」
「英国(UK)、インド、そしてチャイナか………」
青いスーツの男が低い声で呟く。その言葉に含みを感じたのか、赤いスーツの男がちらりと視線を上げた。
「何か不満が?」
「ある……とはいえ、既に決定事項だ。ここからは私の個人的な感情だよ」
赤いスーツの男はやれやれといった様子で首を横に振る。
「君の日本(ジャパン)に対する拘りが分からないな。あそこで実験をするのであれば、英国(UK)でも同じだろう」
「私の拘りではないさ」
「あの男か」
赤いスーツの男は手の中の金属塊とは別のどこかを見ているようだった。
「彼の娘が日本(ジャパン)にいることは既に確認が取れている。久しく連絡は取れていなかったようだが、動きがあれば情報は来る」
「では何が気になる? 男の死体は確認済みなのだろう?」
青いスーツの男は手を伸ばすと、赤いスーツの男に金属塊を渡すようジェスチャーした。そして差し出されたそれを両手で掴むと、まるで宝石箱を開けるかのように二つに開いた。
「基礎理論を構築したのはあの男だ。研究成果が全て我々の手元にあるとはいえ、それは既知の事実にすぎない。未だ知り得ぬ事実は持ち得ていないのだ。あの男の頭の中にはそれがあった」
開かれた金属塊の内側には、何かの文様が彫られた乳白色の指輪が収まっていた。
「我々は何を知らないかを知らない、と?」
青いスーツの男は金属塊を閉じると台の上に戻す。
「あの男を見つけたのは私だ。当時からあの男は天才だった。ただ金がなかった。私には金があった。今なら言える。あの出会いに救われたのは私だったのだ」
「………」
「あの男が実施国として日本(ジャパン)の名を出した。その理由を我々は知らずにいる」
「既に過去の話だ。日本人との間に子供をもうけたから愛着があっただけだろう」
赤いスーツの男はさして興味がない様子だった。青いスーツの男もその様子を察してか、襟を正して元の立ち位置へと戻ると、変わらぬ冷静な声音を響かせた。
「物語<ストーリー>は予定通り開始する。被験者のエントリーが計画通り進めば半年後には中間報告を受理できるだろう。候補者の身元確認は十全に頼みたい。有力候補者を除くその他大勢については、くれぐれも身元が確かでないことを確認の上、話を進めてほしい」
「既に抜かりはない」
赤いスーツの男が頰のシワを深めながら答える。
二人は中央の金属塊から目を離すと、真っ暗な部屋の中、一面の壁へと視線を移した。
「始めようか。平和と平等と多様性に満ちた鍍金の世界から、新たな愉悦と自由の雫を得るために」
青いスーツの男が指を鳴らす。
刹那の静寂を経て、黒一色に染められていた壁一面がモニターとして立ち上がり、部屋の各所にホログラムのディスプレイが浮かび上がった。二人の足元近くの床が滑るように動くと、革張りのソファが迫り上がってくる。
映し出されたディスプレイには、複数人の個人情報、監視カメラの映像、何かのパラメーターを示す情報などが表示されている。
その異様な光景は、世界を監視するために世界から隔絶された世界の様相を呈していた。
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アオギリ・ミコト 瀧北レオ @takikita
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