第9話 エルフの狩人

 ギルド会館の中は静まり返っている。ギルドマスターのアントーニオさん、アンナさん、ルチアーノさんの視線が私に集まる。


 私は、子供の頃に読んだ魔物ハンターの手記のことを思い出していた。


 手記を書いたのは、男のエルフで、人間の世界ではトリグラフと呼ばれていたそうだ。おそらく本名ではない。



 彼はエルフの森の近辺に現れた魔物を倒したことをきっかけに、魔物狩りに熱中してしまい、強い魔物が現れたという噂を聞けば、どんなに遠い場所でも現地に赴き、魔物を一人で狩って回っていたそうだ。


 エルフが故郷の森を離れることは少ない。また、エルフは記憶力が優れているうえに、口伝による知識の共有を重視するため、文書で記録を残す者はごく少数だ。


 トリグラフのように、魔物狩りのために世界各地に赴き、手記を書き残すようなエルフは、奇人中の奇人だろう。


 彼がモナートと呼ばれている魔物を倒した方法がオークの拠点を見つけ出すのに参考になるのではないかと考えた。モナートは巨大なモグラのような形状の魔物で、満月の夜にのみ地上に現れて、寝ている人間や家畜を食べる魔物だそうだ。


 モナートの被害が発生した地域では、何度も地元の領主や冒険者パーティーがモナートを討伐しようと試みたが、どこに現れるか想像もつかず、被害の発生の連絡を受けて現場に急行しても、すでにモナートは地下に潜り、姿を消しているのであった。


 エルフの狩人トリグラフは、モナートの噂を聞きつけて、被害が発生した地域に来ると、満月の夜毎、モナートが現れそうな場所に行き、待ち構えていたが、彼でさえ、なかなか見つけることができなかったそうだ。


 しかし15年ほど経ったとき、彼はモナートが現れる地点の法則に気づいた。モナートは、季節によって移動する距離が違うということだ。



 例えば、冬にモナートが出現する地点は、前の満月の日に出現した地点から、おおよそ馬が1日で移動できる距離であった。春と秋は、冬の約2倍移動でき、夏は約3倍だ。


 モナートがどの方角に向かうのかは予想がつかないが、前回の出現場所からどの程度離れた場所に出現するか高い精度で予測できるようになったのだ。トリグラフは、15年間、モナートが現れた場所を記憶し続けた結果、その法則に気づいたそうだ。記憶力のいいエルフならではのやり方だ。


 そうして、法則に気づいてから6回目の満月の日、トリグラフはモナートを倒すことに成功した。


 もしトリグラフが、地元の領主や冒険者パーティーに法則を教え、複数人でモナートの出現する可能性のある場所を見張っていれば、すぐにでもモナートを倒せたとは思う。


 しかし、彼は、法則に気づいてからも、だれにもその法則を伝えず、一人で狩りを続けたそうだ。エルフらしいといえばエルフらしい。魔物を狩るのは彼にとっては趣味で、誰かの役に立ちたいという理由でやっていたのではないだろう。



 私は、トリグラフのように15年以上も時間をかけるつもりはない。筆記魔法とトリグラフのやり方を参考にして、比較的短い期間でオークの拠点を見つける方法を思いついたのだ。

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