聖教会 『報いと感慨と(後)』
「こわがっだぁぁぁ!」
「お疲れ様でした、チーシャ」
「ありがどぉ! べんごしでぐれでぇ!」
「私は座っていただけです。感謝するなら先生にしてください」
詰所に戻る道中でチーシャに捕まったローラーは、感極まって抱きつこうとする彼女を華麗に避けながら廊下を歩いていた。
「無罪になってよかったですね」
「ぐすっ……ありがどぉ〜!」
「ですから、私は何もしてません」
あの査問会はただの茶番。チーシャの無罪は初めから決まっていたし、私の弁護も先生が用意した台本を読んだだけ。
全ては先生の策略だったのだ。
私を守るための……策略。
「おい、あれ……」
「ちっ……朝から嫌なモン見たぜ」
「あの不気味なガキはお咎めなしかよ」
「またチーシャ様がやらかしたらしいからな」
「…………」
少し離れた場所に、三人の騎士。おそらく崇務の連中だろう。
チーシャを片手で押し除けつつ、ローラーは彼女に気づかれない程度にため息を吐いた。
聖教会の汚れ仕事を担う、崇密騎士団。血に汚れた自分たちを疎む者は決して少なくない。世間では不気味な殺人集団として忌み嫌われ、聖教会では「隠すべき汚点」として煙たがられる。
崇密騎士団は爪弾き者だ。その立場は悲しくなるほど弱かった。
私は転生者を逃し、エルフと揉め事を起こした挙句、敗北したのだ。ただでさえ冷たい風当たりが輪をかけて酷くなるのは読めていた。席騎士の除名すらも覚悟していた。
それを先生は、「全ての責任をチーシャに押し付けた上で無罪にする」という強引な策でうやむやにしてくれた。
なぜ助けてくれたのかはわからないが、先生とチーシャには頭が上がらない。
「チーシャ様も、よくあんなのと一緒にいられるよな」
「他に制御できる奴がいないんだろ。本人は嫌々やってるんだよ」
……目を使わなかった分、耳が嫌に発達してしまった。
陰口を続ける三人の騎士から逃げるように、ローラーはそれとなく道を変える。
「陰湿な連中だ」
「……」
耳元で囁かれる声。ミストだ。
「ああいう奴らに一番いい薬を知っている」
「……余計なことはしないでくださいね」
「なに、少し驚かすだけさ。ほんの少しだけな」
「やめてください」
「なんだ、つまらん」と声がして、また気配が薄くなる。
意外と義理人情に厚い
「ねえ……ぐすっ、今なにか言った?」
「いえ別に。いつもの独り言です」
いつの間にか落ち着きを取り戻していたチーシャが隣で首を傾げたので、ローラーは適当な話題を見繕う。
「ところで、辞表はどうしたんですか?」
「団長に渡したんだけど……破かれちゃった」
「おや、おや。そうでしたか」
そこでお構いなしに「辞めてやろう」とならないのがチーシャの不思議なところだ。すでに数十枚は辞表を破かれてるはずだが、いい加減懲りないのだろうか。
「また、辞められなかったのですね。残念です」
「残念なの⁉︎ ひどいよぉ!」
「酷い……? どうして?」
辞めたいと常々言っていたから応援したのに、なぜ悲しむのか。やはりチーシャはよくわからない。
「ローラーは味方だと思ってたのにぃ!」
「抱きつくのはやめてください」
「嫌いなんだ! 私のこと嫌いなんだぁ!」
「チーシャ、私もいちおう男の子です」
「うわぁぁん!」
また泣き出したチーシャを左手で押さえつける。
怪我のことなどお構いなしだ。もはや手に負えない。
「いやぁ、ローラーがつっこむなんて、ますます驚きだね」
そうして押し合っていると、後処理を済ませた先生がふらりと現れる。
ローラーは咄嗟に先ほどの礼を言おうと身なりを正したが、彼女はそれを予見していたかのように、手を横に振った。
「礼なんてよしてくれよ、単なる気まぐれだからね。それより駄目だろう、チーシャ。怪我人なんだよ」
「うぅ……団長なんて嫌いです」
先生はそれを無視してチーシャの襟首をひっ掴み、乱暴に抱きしめる。
「まあまあ、そう言わずに。私の豊満な胸で泣くといいよ」
「ゔええ゙ぇっ! 大きいぃ、怖いぃ!」
「……逆効果では?」
「良薬は口に苦しってね。ちゃんと休暇もあげたし、まあ大丈夫だよ、たぶん」
最も多忙な崇務騎士団に、休暇を出せる余裕があったとは驚きだ。
先生の底意地の悪い笑みには、「どうせ休んだら全部忘れるでしょ、チーシャは」という最低な思惑が浮きでている。
チーシャが辞められる日は当分来ないだろうな。つくづく可哀想な彼女を、ローラーはなんとも言えない感情で見つめた。
「それはそうと、一つ聞いてもいいかな、ローラー」
「はい、何ですか?」
「何か隠してるだろ、君」
あまりに唐突な質問。
懐から取り出したナイフを、ずぶり。そんな感触。
「……急に、何の話ですか?」
「転生者を追っていたら、クロタコが用意した箱庭に捕まり、エルフに放火の主犯を疑われ、君はソーンに敗北した。そうだね?」
「ええ」
「私が本気で、それを信じると思ってる?」
「……」
本当に、突然の追求だった。
事情は何度も説明したはずで、先生は今まで一度も、そこを疑うような素振りは見せなかった。
なのに何故……このタイミングでそれを?
「……私を疑っているんですか、先生」
「まさか。君は大切な仲間だよ」
先生の考えはいつだって読めないが、そこに嘘が紛れているのは明らかだった。
先生は……いや、トリスタンは、私に揺さぶりをかけている。
「やはり、あなたに隠し事はできませんか」
「あれ? ということは、当たってたんだ。ただの勘も馬鹿にならないね」
さも鎌をかけたかのような口ぶりだが、人の声色に敏感なローラーは、それが演技であると即座に気づいた。これも揺さぶり。こちらを動揺させて、何かを引き摺り出そうとしている。
舌戦は得意じゃないし、相手が「崇務のトリスタン」ならなおさらだ。
ローラーは覚悟を決める。
「何も、話す気はありません。ご自分で調べるなり、私を査問にかけるなり、お好きにしてください」
「ほお……? なるほど。そう来たか。やるね」
「私には失う物がないので」
「君を席騎士から除名したくはないし……参ったなあ。せめて、誰に負けたかだけでも教えてくれない? クロタコの動きでもいいからさ」
「答えは変わりません。お好きになさってください」
さらりと脅しをちらつかせ、報告の嘘を的確に言い当ててくる。
そこにゾッとするものを感じたローラーは、口を塞ぎ、踵を返すことにした。
これ以上の会話は危険だ。そう判断してのことだった。
そして十歩。五十歩、百歩と歩いて、角を曲がる。
「……」
追ってこない。いや、追ってくるわけがないのだが……そんな風に安心する自分がいた。
あの声は、皮膚を透き通って、心臓を握るかのようだった。
彼女は気づいている。おそらく自分ですら気づいていない、何かに。
こんなに緊張したのは、生まれて初めてだ。
「名演技じゃないか、ローラー?」
「……心臓に悪いので、急に出てこないでください」
「あのとんでもない女を相手に、よく頑張った」
悪意のあるタイミングで現れ、そんな挑発まがいのことを言うミストに、ローラーはため息で返事した。
「奴を、庇ったのだな」
「借りを返しただけです」
「それだけではあるまい?」
まるで、人に付きまとう悪霊のような男だ。なぜかは知らないが、ミストもまた、私を揺さぶろうとしている。
「彼を崇伐するのは私だけです」
「ははは、復讐か」
「少し違いますね。彼を私の手で終わらせたい、そんな愛憎入り混じった執着心です」
「同じことさ」
価値観の相違というやつか。
その境界を区別することに然程意味を感じなかったので、ローラーは「そうですか」と話を流す。
「さて、これからどうするんだ?」
「……」
「なんだ、その何かを言いたそうな目は」
「席騎士のスケジュールを、外部の者に教えるわけにはいきません」
「はっはっは! なるほど、小賢しいやつだ」
そんな風に高笑いしつつも、ミストは「いいから話せ」と、その態度を変えない。意地でも聖教会に与するつもりはないらしい。
どうせ黙っていても勝手についてきそうだな。そう考えたローラーは、仕方なく折れることにした。
「メルブレンの方へ向かいます」
「今から? ずいぶんと急な話だな」
「失った名誉を回復しないといけないので」
「……崇伐か。相手は?」
「特付きですよ。それも、とびっきり悪質な」
「…………」
ミストは、ローラーの包帯と傷跡を順ぐりに見つめる。
こんなボロボロの状態で特付きを相手にするなど、どだい無理な話だ。聖教会はたとえ少年だろうと容赦なしか。
「……胸糞の悪い組織だ。疑問に思わないのか? 聖教会はお前が帰ってくることなど、微塵も期待してはいない」
「捨て駒にされたのは理解しています。しかし、崇密は元よりそういう騎士団。それが私の使命」
「それに」と一言加え、ローラーは立ち止まる。
「村が二十一。街が二つ。人は、わかっている範囲でも千は下らない」
「災厄の転生者、か」
「ええ、ええ。
かすかに、ローラーの口角が歪む。そこには狂気の残像が見え隠れしていた。
転生者で最も罪深い災厄か、聖教会で最も罪深い私か。
まさしく、おあつらえ向きな相手と言える。
「フフ……面白く、なってきました」
崇伐する。
動く限り、崇伐する。動く限り崇伐する。
「崇伐……!」
逆十字を背に、聖典を胸に、釘を左手に。
ローラーは、新たな崇伐への一歩を踏んだ。
――――――――――――
・あとがき
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
評価、フォロー、感想などなど、是非ともお願いいたします。
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