完全無歓迎異世界転生

序 この世界に生まれて

「あー、異世界転生してえなー」


 まっ暗な六畳一間で、エナドリ片手に、かつての俺はそんなことを言っていた。


 着信履歴の溜まったなど、風呂場に捨てやった。もはや思い残すことなど何もない。


 ここにあるのはゲーミングチェア、PC、有り余った時間……そして、そんな現状に呆然とする俺だけ。

 そんな中で、搾り出すように口からこぼれた一言だ。まさしく本能の叫びだろう。



 異世界転生


 ああなんと、甘美な響き。


 大してエナジーも消費しないくせにエナドリ飲むか、アニメを見るぐらいしかやることがない。

 そんな俺にとって、埃っぽい暗闇に浮かぶモニターが……いや、その向こう側の景色が、どれほど眩しく見えたことか。


 新たな世界、やりなおしの人生。

 賞賛され、認められ、感謝され……前世の挽回をはかる。

 こんなに羨ましい話が他にあるか? 喉から手が出そうになる。異世界転生は、俺に夢を与えてくれたんだ。

 現実にうんざりした俺に、非現実の夢をくれた。



 ところが……どうやら神様は、そんな俺にいじわるしたくなったらしい。


 「現実でも異世界でも、辛いのは一緒だぞ」って、俺を嘲笑いたくなったんだ。


 きっと、そうに決まってる。



 ――――――――

 ―――――

 ――…




「ああああああアあァァ!」


 鼓膜を突き破るような叫び声が、薄暗く、狭い……牢獄の中に響きわたる。ジャラジャラと鎖を鳴らし、対面の女は救いを求めて声をあげた。


 こちらの目を、一心不乱に見つめながら。


「助けて! 助けてェ!」

「っ……!」


 何も、できない。

 その視線から目を背けて、自分の感覚をシャットアウトするので精一杯だった。



「ふふっ、ははは……」


 眼前の小さな人影が、女の髪を掴む。

 まだ足りない。その血をもっと流せ。そう言わんばかりに回転を始める。


「あはっ! あはは! アハハハハハハ!」


 怒鳴り散らす笑い声。その音に紛れて、彼女の悲鳴と、何度も肉を切り裂く音が聞こえた。


「ああ、おいたわしい。おいたわしい!」

「や、めて……ゔっ!」


 血がボタボタと滴り落ち、スニーカーを赤黒く染めた。

 頼むから、早く終わってくれ。

 もう、そんなことを祈るばかりだった。


「悲鳴が……ああ、痛みます。私も胸が痛みますはは……はははッ!」

「うっ、ぐっ……やめて、いやだいやだいたいやめてェ!」


「我らは、咎の血液を浴びなくてはならない!」


 全ての願いが、求めた形で叶うとは限らない。

 現実は物語ではない。

 もっと無粋で、悪意に汚れている。


「この世界を守るため……守るためなのです」


 この世界を守るため。


 考えもしなかった。転生者は別の世界からやってきた、彼らで言うところの「よそ者」だったのだ。

 それは必ずしも歓迎されるものではなく、むしろ異物として排除されかねない存在。


「創世より訪れた恵の時は終わり、試練の時が訪れます」


 うわごとのようにそう呟き、少年は、女の腹から釘を引き抜いた。

 そして、静かになった彼女の肩を、不気味なほど優しい手つきで撫でる。血濡れた線を引き、温もりを味わうように指を踊らせる。



「私たちは手を汚し、怒りの日を待ち侘びます」


 そして、こちらを向いた。


「崇伐、崇伐です」


 次はお前だ。

 そう、言わんばかりに。

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