ゼウス様

鬱ノ

ゼウス様

20年近く前の話になる。


ネットゲームを通じて、亜怜巣(あれす)という友人と出会った。彼はキーボードを打つのが苦手らしく、周りからレスポンスが遅いとよく注意を受けていた。彼の独特なペースはゲーマーたちには不評だったが、僕にとっては心地よく、ゲームの世界での冒険とテキストチャットでの会話が二人の習慣になっていた。


そんな亜怜巣がある日、自分の祖父の話をしてくれた。チャット欄に少しづつポストされるその内容は、とても信じがたいものだった。


以下は、彼がポストした本文だ。



******



ある日、祖父が自転車で

畦道を走っていると、

突然薮から蛇が飛び出してきて、

そのまま自転車の前輪に

吸い込まれるように

絡みついたそうです。


祖父は転倒し、自転車を見ると、

前輪のスポークに

ぐちゃぐちゃにからまって、

蛇が死んでいました。


祖父は、

蛇を殺してしまったことが

ショックだったのか、

「蛇は私を助けるために

車輪に飛び込んだ」

と言い出しました。

「自転車を止めなければ、

そのまま事故に遭って

私は死んでいた」と。


そして蛇と一体化した車輪を

「ゼウス様」と呼び、

祭壇を作って

崇めるようになりました。


干からびた蛇が絡み付いた

ボロボロの車輪は、

不気味で不快でした。


蛇の祟りを恐れるあまり、

おかしくなってしまったのだと、

村の人々は囁きました。


祖父のゼウス信仰は徹底していて、

畑仕事の合間に

独自の呪文や儀式を作り出し、

毎日ゼウス様を拝んでいました。


「私たち家族は

ゼウス様に守られている」

家族にも信仰を強要しましたが、

誰も従いませんでした。

収穫が豊かな年は

「ゼウス様のおかげだ」と讃え、

不作が続くと

「ゼウス様への信仰が足りない」

と嘆きました。


ある日のこと、

祖母が病で倒れました。


祖父は

「ゼウス様に試されている」

と言い、

そのまま電車に飛び込んで

死んでしまいました。

ぐちゃぐちゃになって

車輪に絡まっていたそうです。


祖母はショックで病が悪化し、

まもなく亡くなりました。


その後、ゼウス様は

家族の手によって、

ただの自転車の車輪として

処分されました。



******



僕はその話に、ただただ驚くばかりだった。


「すごい話だね……」と言うと、意外にも亜怜巣は「でも、ゼウス様の力は本物なんだ」と返してきた。「どういうこと?」と問うと、一枚の画像が送られてきた。

僕はそれを見て固まってしまった。

彼の両手の写真だったのだが、右手は指が2本、左手は3本しかなかったのだ。


「工場で事故に遭って」


亜怜巣はいつものように、辿々しくポストする。


「すごい勢いで回転する機械を見ると」


「吸い込まれるんだ」


「両親も妹も」


「家族全員がそうなんだ」


「吸い込まれてしまう」


僕はその言葉に、何を返すべきかわからなくなった。


(了)


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ゼウス様 鬱ノ @utsuno_kaidan

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