第2話

ラズベリー色のクマのぬいぐるみを見たのは初めてで、ショーウィンドウの向こう側にいるそのクマをもっと見たくて足を止めた。


「かわいー」


ぺったりと両手をガラスにくっつけて、クマを見ていた。

その時、ガラスに知らない影が映った。


「お嬢ちゃん何歳?」


「よん……」


「おじさんがそのクマ買ってあげようか?」


見上げると、見たことのないおじさんが私に向かって微笑んでいた。変な笑い方。

すぐに周りを見渡したけれど、さっきまで一緒にいたパパとママの姿がない。

いつの間にか、おじさんとショーウィンドウのガラスにぴったりと挟まれて身動きが取れなくなっている。


「おいで」


おじさんが私の手首を掴んだ。


「やーっ」


逃げようとしたけれど、しっかりと掴まれた手首は離してもらえず、叫ぼうとした口はもう片方の手で塞がれた。


「んーっ」


後ろからは、単に父娘が一緒にショーウィンドウを覗き込んでいるようにしか見えないに違いない。

くぐもった声は、急ぎ足で通り過ぎていく大人たちに聞こえるわけもなく、恐怖で涙が頬を伝う。


たすけ……て……


引きずられるように体の向きを変えられると、目に入ったのはチカチカと点滅している車のライトと、大きく開け放たれた後部座席のスライドドア。

「あれに乗ってはいけない」と心の中で誰かの声が聞こえる。理由はわからなくとも、それが正しい助言だということはわかる。

ぶんぶんと首を振るけれど、そんな抵抗は虚しいだけで、身動きが取れないまましっかりと抱え込まれ、足が宙に浮いた。

今度はバタバタと足を動かして、おじさんを数回蹴ることができたけれど、何の役にも立たなかった。

「ヒャヒャ」とか「だはっ」とか嘲笑うような声がして、おじさんの顔が近づいてくると、べとっとした髪の毛の束が頬にふれた。


「おじさんと楽しいことしよう」


耳元で不快な音を聞かされた。

おじさんにとって「楽しいこと」は、私にとっては楽しいことなんかじゃない。


おに……ちゃん……


届かない声で兄を呼んだ。

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