54.見守る人
幽霊って、いろいろな見え方をするものらしい。
部屋のドアを開ける。和香さんは私に気づいて微笑んだ。
「今日は遅かったのね。なにかあったの?」
「べつに」
和香さんは私が最低限しか外出しないことを知っている。私はそっけなく返事をして、近所のスーパーで買ってきた食料品をテーブルに置いた。
一年前に他界した和香さんは、私には本当にそこにいるかのようにくっきりと見えている。
私は前の会社の時、鬱になった。その時に
だから、本当に幽霊として和香さんがいるのか、それともただ幻覚が見えているだけなのか、私には判らない。
両親を早くに亡くした私にとって、和香さんは二人目のお母さんといっていい存在だった。鬱になって私が一番しんどい時期に、交通事故であっさりと亡くなった。私は葬式にさえ出なかった。外に出て知人にあれこれ聞かれることに耐えられなかったから。
いろいろと世話してくれたことを思えば、ひどい女だと思う。嫌われても当然。それでも私をひとりにしておくことが、和香さんにはできなかったのだ。
今も和香さんは、この部屋にいる。
でも、このままではいけない。
心地いいかもしれない。和香さんがいなくなれば私はまた、精神的に危うくなるかもしれない。
それでもこの状態は不自然なのだ。とても怖い。けれども。
「和香さん」
「ん、なあに?」
和香さんは器用に買い物袋の中から卵やら野菜やらを選び出し、冷蔵庫にしまっていく。ポルターガイストってやつなのかもしれない。
私は一枚の紙を和香さんに差し出した。
「あのスーパーのバイトの、面接に行ったんだ。私、採用になったんだよ」
静かに和香さんは、私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「すごい。がんばったね」
「私は大丈夫。だから──」
「うん、そうだね。このままじゃ、だめだね」
気配が消えた。
和香さんは行ってしまったのだ。
私はひとりで夕ご飯を作って食べ、薬を飲んだ。
和香さんのいない部屋は、なんてがらんとしているんだろう。空気さえ止まってしまったような静けさがあった。これでいいのだと自分に言い聞かせつつ、泣いた。
数日後、私のバイト先のスーパーで、夜勤の人がなにか視線を感じるという噂が立った。気のせいだろうと思う。
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