摺鉢山プラネタリウム

乙島 倫

第1話 その島は完全に包囲されていた

 その島は完全に包囲されていた。

 雨のごとく降り注ぐ艦砲射撃により島は攻撃を受けていた。縦横無尽の無慈悲な無差別攻撃にも関わらず、砲弾が目標に命中することは稀であった。どこに敵兵がいるのか、どこに砲が隠されているのか、どこにトーチカがあるのかもわからないままに、物量に任せて撃ちまくっていただけだったのだ。

 その島の名前は硫黄島。取り囲んでいるのはアメリカ軍。そして、島を守備しているのは日本軍であった。

 太平洋戦争が始まると日本軍は破竹の勢いで進撃を続けた。しかし、ミッドウェー海戦を契機にアメリカ軍の反転攻勢を受けるようになっていた。

 サイパン、グアム、テニアンが陥落すると大型爆撃機B29が本土を直接攻撃可能となった。しかし、その中間地点に位置する硫黄島に日本軍は航空戦力を結集。硫黄島から飛来する日本軍の戦闘機がサイパン、グアム、テニアンに駐機してあるB29に被害を与えることは日常茶飯事。アメリカ軍が部隊を後退させることもしばしばあった。

 アメリカ軍にとって、硫黄島攻略は最優先課題だったのである。

 その日も島に上陸し、岩場に迷い込んだアメリカ軍の上陸部隊が四方八方から攻撃を受けて壊走。報告を受けたアメリカ軍の司令官は無線で差別用語を連呼した。

 如何に粘り強く抵抗しようとも、島は完全包囲されている。弾薬、食料や水の補給もできない日本軍が文字通り海の藻屑となる運命だったのである。


 ある山肌に仮設のトーチカが設置されていた。そのトーチカに至る細い坑道が掘りこまれ、坑道の出入り口は容易に発見できないように入念に偽装されていた。しかし、米軍来訪の数日前になって坑道の天井の一部が崩れてしまった。トーチカを固めるためのセメントが十分に確保されておらず、また、硫黄島の土はもろかったのだ。

 落盤した場所から外の青空が見えた。急遽、上から鉄板をかぶせて穴を隠したが、この程度のことで、果たして米軍がごまかせるのだろうか。守備兵たちに不安がよぎった。

 そのトーチカに一人の日本兵が潜んでいた。その男の名前は天野アタル。学徒出陣の兵士である。彼には趣味があった。オリンピック選手の記事や記録の取集であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る