千歳蘭の花が咲く
かぬりす
祖父と猫
「俺が死んだら戸棚の一番下の引き出しにある遺書を読むように」と口下手な真斗らしい遺言を残して。
63歳、早すぎる死だった。悲しかったが驚きはしなかった。真斗は去年の辺りから碌に動くことができず布団から出られなくなっていたためだ。煙草ばかり吸っていたのが祟ったのだろう。
竜太は若い頃は軍人をやっていたらしい真斗の左手の小指がない遺体をしばらく見つめていた。真斗が40年以上前から飼っていたというが、死なないどころか何故かまだ若々しい飼い猫のランも主人の異変を察知したのか真斗のことを動かずに見つめていた。
「葬式しなきゃなぁ」と呟き、ランの頭を撫でてから竜太はのろのろと立ち上がった。体が重い。とりあえず遺書を読んでからと思い戸棚から「遺書」と筆で書かれた便箋を取り出し中を見た。
「遺書
葬式は不要、火葬のみで結構。墓についてはランと話し合って決めること。三日以内には若い男が訪ねてくる。その男に火葬代、墓代を出して貰うこと。
古住真斗」
奇妙な遺書だった。墓についてはランと話す?ランは猫だというのに。第一、碌に人間関係を作っていないはずの真斗に若い男の知り合い、ましてやそこまでの大金を出してくれるほどの仲の人間はいるのだろうか。
すると「はやく墓の場所決めようぜ」という声がどこからか聞こえてきた。ぎょっとして辺りを見渡すが誰もいない。ここにいるのはランだけだ。
「まさかな…」と呟きランの頭を撫でたとき「なーにが『まさかな…』だよ」という声が頭に響く。
「は?」竜太が混乱していると「あーそっか、えーっと詳しく話すと長くなるんだけど聞く?」とラン(?)が話しかけてくる。取り敢えず聞くしかないと思った竜太は首を縦に振った。
「じゃ話すよ。僕はご存知の通り君の飼ってるただの猫、ランだよ!」
(ただの猫は喋らないんだよなぁ)と思うが口にはしないでおく。
「えーと今僕はテレパシー魔法を使って君に話しかけているわけであるわけです」
「テレパシー魔法?」
「そう。詳しいことは後で話すよ。じゃ続けるよ。僕は元々は僕もただの猫だったんだけど40年くらい前に霊種のモンスターを取り込んじゃったから魔法が使えるようになったわけ。まぁ長生きしてるのもそのモンスターのおかげなんだよね」
「じゃあ何で今まで喋らなかったんだ?」
「それは真斗から喋るなって言われてたからなんよ」
「そう…なんだ」と竜太が「魔法」という言葉により突如蘇ってきた苦い記憶に顔を顰める。
…5年前、竜太が小学5年生のころ、生意気な態度をとったという理由で小6のグループに校舎裏でリンチにかけられた。その時、竜太は反撃を仕掛けようとグループのうちの一人に掴み掛かった。するといきなり掴んだ相手の服が燃え出し相手を包み込んだ。その相手は大火傷を負い入院した。幸い相手の親族から何か言われることはなかったが、狭い村ということもありその話は程なくして村中に広まった。それ以降竜太は「悪魔の子」と呼ばれ避けられるようになった。
「どうしたの竜太?」と心配したランが訊いて来る。
「大丈夫。魔法って何なの?」
「話すと長いし、僕がめんどいから詳しいことが知りたかったら
「萬屋…?」店の名前だろうか。
「あー、例の若い男のこと。あいつ色々うざいんだよねぇ」
「詳しいな、じいちゃんから聞いたのか?」
「いや、真斗からはなーんも聞いてないよ〜。個人、いや個猫の感想だよ。」
(なんでお前がその男のことを知ってるんだよ)と思うが話が面倒になりそうだから口にしないでおく。
その後、竜太は医師を呼び、その医師によって真斗の死が正式に確認された。村役場に真斗の死亡届を出し、火葬埋葬の許可申請を済ませた。その頃にはすでに夜になっていた。
家に帰ると「おかえり〜遅かったね」とランが話しかけてきた。
竜太は「色々手続きがあったからな」と返す。
「人間ってめんどいねぇ…あ、夕飯食べたの?」
「いや、今日は食欲がないからもう寝るよ」
「そっか、じゃおやすみ」
「おやすみ」といって竜太はランの頭を撫でた。
寝るとは言ったものの竜太は結局眠れなかった。
祖父が死んだこと、猫(と言っていいのか)が喋ったこと、魔法のこと、これからの生活のことが頭から離れず竜太は一夜中天井を見つめていた。
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