異色のトーキッカー

さこここ@カクヨムコン参加中

第1話 トーキック入門

 トーキックって、最強だと思うんだよ。

 おいおい、そこのお前、トーキックとか小学生かよ……って思ったろ?


 分かってない。

 お前はトーキックの良さを全然、これっぽっちも分かってない。


 トーキックはな、前に飛びさえすれば最強のシュートなんだよ。


 なんでかって?


 だって打った本人でさえどこに飛んでいくか分かんないシュートだぞ。それをキーパーが予測して防げるかってんだ。


 あ、なんか不満気な顔してんな?


 しょーがないなぁ!!

 今回だけ特別にトーキックマスターの俺が、トーキックの良さという物を伝授してやろうではないか!


 いいか、まずトーキックのメリットから教えてやろう。

 あれは確か、俺が鼻垂れ小僧の小学一年の時の事だ。


 俺達、昼休みに校庭でサッカーをしてたんだよ。

 お察しの通り、皆がボールに群がるサッカーとも呼べない球あそびだったけどな。


 偶然、ボールがコロコロと俺の目の前に転がり込んできた訳よ。

 それをお前、俺はどうしたと思う?


 そう、蹴ったんだよ――トーキックでさ。

 サッカーシューズでも何でもない、ただの運動靴でだ。


 俺は何も考えず、とにかくボールを見て脚を振りぬいたんだ。


 するとどうだ。

 俺の蹴ったボールは、弾丸のようにゴールに突き刺さったんだよ。


 おいおい、そんな真に受けんなって。

 小学一年の頃の話だから、そんなスピードが出る訳ないだろ。


 まあでも、当時の事はヤケにハッキリと思い出せるぜ。

 ゴール左上に突き刺さったシュートの軌道は目に焼き付いてるし、ボールを蹴った後のジンジンとしたつま先の痛みも覚えてる。


 俺は一週間はクラスのヒーローだった。

 そりゃそうだろ。まだ色気もなんもない小学生だぜ?


 足が速いヤツがモテるのと一緒で、俺の豪快なシュートは他のクラスメイトからしても衝撃だったんだろう。


 俺は、その頃からトーキックって蹴り方にハマっちまったんだ。

 昼休みの時間が待ち遠しくて堪らなかった。


 サッカーの習い事をしてるやつもいたけど、そいつよりも速くて強いシュートが蹴れるんだ。


 何足運動靴のつま先をダメにしたか分からんが、とにかく俺は昼休みがやってくるたびにトーキックでシュートを蹴り続けた。


 うまく決まる日もあれば、そうでない日もあった。

 小学一年生だった俺は、そこで不思議に思ったんだ。


 どうして俺のトーキックは、思ったところに飛んでくれないのだろうと。


 翌週、両親から誕生日プレゼントでサッカーボールを買ってもらった俺は、早速学校に持って行って昼休みの時間いっぱい壁当てを始めた。


 コンクリの壁に、赤黄青で色分けされたターゲットがある壁だ。

 何に夢中になってたのかは忘れてしまったけど、とにかく狂ったように壁当てをやっていた。


 靴のつま先が破れるたびに、両親に怒られたけど俺はそんな事ではへこたれなかった。


 そのうち、俺の行動を心配した担任に母親を呼ばれてしまう始末。

 ここで、俺が高頻度で靴を破壊する理由が明らかになった訳だが、母親はそんな俺を怒らなかった。


 なんと、太っ腹な事に小学生用のサッカーシューズを用意してくれたのだ。


 ありがたい話だ。

 小学生の間なんて、一瞬で靴のサイズが変わってしまうからな。


 少し重たく感じるサッカーシューズに戸惑いながら、俺は新しい靴の性能を試すべく一発目のシュートを壁に向かって蹴り込んだ。


 手応えが違ったね。

 ボールの芯までシューズがめり込む感覚、それに蹴った後つま先がジンジンと痛くないんだ。


 だけどそんな幸せなひと時も束の間だった。


 芯を捕えて蹴ったボールは、コンクリの壁を越えて校庭の外まで飛んで行ってしまった。


 直後にボチャン! という水の音。そう、ボールが川に落ちたんだ。

 俺の頭は真っ白。何せ、両親から買ってもらった大切なボールだったんだ。


 急いで追いかけたんだが、子供の足では水の流れに勝てなくてそのボールはどこかへ流されて行ってしまったんだ。


 大泣きさ。

 ギャンギャンと泣きわめきながら校庭まで帰ってきたら、


 それからかな……両親から新しくボールを買ってもらった俺はとにかくボールを低く、低く蹴り込むように意識しながら、再度トーキックで壁当てを始めた。



 デメリットは、靴が壊れやすいのとボールを川ぽちゃして失う可能性がある事、だな。


 これが小学低学年の頃の話だ。

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