魔法使いの友

夏目海

魔法使いの友

 令治は岐阜の高山に住んでいた。草花の生い茂る野山で10人くらいの魔法使いがお互い支え合いながら生活をしていた。


 令治の両親はドラゴン養育士だった。普段は飼育しているドラゴンに餌でも与えながら、のんびりと夜飛びなどするような長閑な暮らしぶりだった。令治はそんな両親や地元の人に見守れながら素直な性格に育っていった。


 令治は東京にある最高学府日本魔法魔術学校に合格した。村中の人々全員に祝福され、宴会が催された。


「えー、我が街から合格者が輩出されたのは、大変誉高く、日頃から私が申している教育の充実が……」と村長は長い演説をした。


 その後、酒が振る舞われた。皆、東京もんに負けんなよ、いいか美味いもん食えばみんなダチだ、だなんて冗談を言いながら、ガハハと笑った。


「将来は博士か、大臣だろ!」と斜向かいに住む遠い親戚のおじさんが言った。


「いやいや僕は卒業したらここに戻ってきてドラゴンの飼育を手伝うよ」と令治。


「何言ってんだ!せっかく東京まで行って学を修めに行ってんだから、そんなもったいないことすんな!」


 みんな酔い潰れて静かになった頃、母親が令治にこう言った。


「お前は私の誉だよ。ほんと鼻が高いよ。でも一つお前に言わなきゃいけないことがある。私は、生まれながら魔法が使えないんだ。魔法が使えないものがどれだけ迫害されるか、お前もよく知っているだろう。いいかい。人の心を踏み躙るようなことだけはしてはいけないよ」


 東京へと出発する日。母親は朝早くから起きてドラゴンの準備をしていた。


「ダンテ、令治をよろしくね」と母親はドラゴンに語りかけた。


 皆、国旗を振りながら令治がドラゴンに乗って出発するのを見送った。両親が見繕ったそれは立派なドラゴンだった。


 東京に到着して驚いた。誰もドラゴンなんか使っちゃいない。皆、箒か車だ。学校にドラゴンを置く場所もなく令治はドラゴンを地元へと返した。


 明るく穏やかで、笑いをとることに長けた令治は学校でたくさんの友人ができた。ある日、令治は寮の談話室の一角に、静かに座って本を読む同級生に声をかけた。その子は珍しく魔法を使わずに手で本をめくって読んでいた。


「竹内義人君だよね。俺、高橋令治!仲良くしようぜ!」


 突然話しかけられた義人は目を丸くしていた。寮の中の空気が変わったのを感じた令治はあたりをきょろきょろと見渡した。他の寮生が凍りついている。


「ありがとう。でも僕と仲良くしていると、友人を失うよ」と義人。


「なんで?」と令治は空元気に答えた。


 義人は無言のまま本を読み続けた。令治は友人たちの元へと戻っていった。


「あいつは竹内家のご子息だぞ。下手に刺激にするな」と友人の1人は言った。


 竹内家は魔法界を牛耳るお家だった。


「既に3人消されたらしいぞ。お前もあいつを怒らせたらまずいことになる」


「でも、それってただの噂だろ?」と令治は取り合わなかった。


 令治は義人を見かけるたびに話しかけた。初め義人は一言二言返すくらいだったが、徐々に会話が続くようになった。義人は魔法よりも政治に興味を持った人だった。令治はドラゴン飼育学に興味を持ち始めていた。2人はお互いの知識を披露し合っていた。


「義人はすごいな。俺なんて試験終わったらほぼ忘れたぞ」


「ご先祖様の歴史なんだから当然だよ。それに比べてドラゴンの研究がしたいと決まっている令治はすごいよ」と義人は言った。


 義人はよく授業を休んだ。噂では帝王学を受けているとのことだ。一度、令治は義人にその噂が本当か聞いてみたことがある。しかし、義人は笑うばかりで取り合わなかった。


 放課後、令治は学校の外に繰り出し公園で仲間うちとバスケをするようになった。ある日、仲間の1人がパスをミスしてボールが遠くへ飛んでいった。


「ちゃんと渡せよ」と笑いながら令治は走ってボールを追いかけて行った。ボールが転がった先では、女性2人がバスケをしていた。


 女性のポニーテールがふわりと揺れる。女性は令治に気がつき、転がってきたボールを拾った。


「はい」女性は笑顔で令治にパスをする。


「ありがとうございます……」令治の視界には突然その女性しか入らなくなった。きゅっと高鳴る鼓動が胸をぐっと締め付けてくる。おい早くしろよ令治、という声でやっと我に返った。この魔女は今どんな魔法を僕にかけたんだろう。


 それから令治は毎日のように公園でバスケをするようになった。女性2人組も毎日公園にやってきてはバスケをしていた。


 ある日、令治はポニーテールの女性が1人きりになったタイミングを狙って声をかけた。


「よくいますね」と令治。


「あなたたちも」と女性は笑った。


「あ、いや、僕は、学校がすぐ近くで」令治は頭をかいた。女性はふふふと笑った。


「もしかして、日本魔法魔術学校なんですか?」と女性は言った。


「え、ああ、まぁ、一応」


「すごい!」と女性は高い声で言うと、満面の笑みを浮かべた。


「あなたは?」と令治。


「私はこの近くの女子校です。本当はドラゴン飼育学を学びたかったのだけど親が許さなくて」


「なら僕が教えますよ!」令治は食い気味に言った。手にはじっとりと汗をかいていた。


「ぜひ!」と女性ははにかんだ。


「あの、お名前は?」と令治。「あ、僕から名乗りますね。僕は、高橋令治です」


「高橋?不学で申し訳ない。どらちのお家のご出身ですか?」


女性のその言葉で女性が良いお家柄出身であることに令治は気がついた。


「僕は田舎出身なもので……」


「そうなんですね。私は高月恒子です。出身は高知です」


「高知ですか!高知といえば鰹が美味しいですよね!」と令治は焦った。


「ふふふ、面白い方ですね」


「あの、僕この辺来たばかりで、美味しいお店教えて欲しいです。このあととかは……」と令治。


「ごめんなさい。お稽古が入っています」


「お稽古!?」と令治は驚いた。


 令治と恒子は手紙のやりとりで勉強会を始めた。恒子は差出人名を書くなと指定をつけてきた。


 恒子が質問し令治が答える。恒子は優秀な女性で質問はいつも的確だった。ある日、ついに恒子は実家の自室へと呼んでくれた。


「今日は誰もいないの」と恒子が言った。


 彼女は紅茶とクッキーを用意した。令治はありがとう、と言ってクッキーを頬張った。


 令治は、ギルド・ストラッドフォード著作の『わかりやすいドラゴン飼育学』という本を開いた。ページをめくる瞬間2人の手が当たった。


「ごめん!」と言って令治は急いで手を引っ込めた。大丈夫です、と恒子は静かに言うと令治を見つめた。


「令治さん、ついている」恒子は、令治の口についたクッキーのカスをそっととった。恒子の顔が令治に近づく。


 令治は、恒子にゆっくりと唇を近づけた。


「ごめんなさい」唇が触れる寸前、恒子はそう言った。「いいなづけがいるんです」


「そうですよね……って、いいなづけ!?」


「ごめんなさい」


 それなら仕方ない、と令治は取り繕って言った。その日以降令治は恒子と会わなくなり手紙のやり取りも無くなった。


 一部始終を義人に話した。「ってわけでさ、結局ヤレなかったんだよ」


「僕にも許嫁がいるから彼女の気持ちもよくわかるよ」


「そんな許嫁とか普通いるもんなの?東京ってすごいんだな」


「やめてよ。主語が大きいって」と義人は笑った。


「というわけでさ、慰めてよ」と令治は義人な冗談ぽく言った。


「いいけど、どうやって?」


「そうじゃないって。義人って本当、遊び慣れてないんだな。わかった!俺が田舎人の遊び方、一から教えてやるよ」


 令治は義人を街へと連れ出した。義人はきょろきょろとまるで遊園地に来た子供のように目を輝かせて辺りを見渡した。


「お前、地元ここなんだからよく見る景色だろ?」と令治は呆れていった。


「移動は車だから、降りたことなかったんだ」


 令治は爆笑した。生活のスケールが違いすぎて、もはや何を言われても驚かなくなった。


「よぉっし、義人。これからの時代、許嫁がいようといなかろうと、クレープひとつスマートに奢れない男はダメだ」


「わかった。何味がいい?」


「待て待て待て、そうじゃない。それに奢って欲しいわけじゃない」


 令治は義人に向けてグーをだした。


「ほら、義人、ジャンケンだよ」


 2人はジャンケンをした。義人が勝った。


「くっそー、負けるなんて、俺失恋したばかりだし、お前に奢ってやりたかったのに……」と令治。


「え、ごめん」


「だから違うって!」と令治は笑った。義人は戸惑った顔でクスッと上品に笑った。


「よくわからないけれど、ありがとう。街を案内してくれたお礼に、今日は僕に奢らせて」


 そう言うと、義人はお店の前ですみません、と叫んだ。


 店員はムスッとした顔で出てきた。「お客さん、クレープは自分で作れってここに書いてありますよね?今回はサービスですよ」


 そういうと店員は杖を振って気だるそうにクレープを使った。しかし義人は、宙に浮いたクレープを受け取ろうとしない。店員は怒って、浮いたクレープを手で直接掴みとると、押しつけるようにして渡した。その様子を令治は意味深長に見ていた。


「よし食べよう」


 令治は食べながら歩き出した。


「座らないの?」と義人はまたも目を丸くさせた。


「わかってないなぁ、こういうのがいいんだよ」


 義人はおそるおそるクレープを一口食べた。


「美味しい……」と義人。


「だろ?一緒に飯食えばみんな友達になれる。だから……」


「僕たちは、ともだち?」と義人はつぶやいた。


「当たり前だろ!」と令治は笑った。


「実は今、学校内に組織を作ろうと思っているんだ」と義人。


「組織?」


「学校内に同じ心情を持つ人たちを集めた組織を作りたいんだ。政党みたいなものだよ」


「何をするんだ?」


「魔法の練習とかかな。組織の部屋に図書館を完備して、学びの場を作りたいんだ」


「そうか……」


 それから義人は組織作りに熱心になるようになり、令治との勉強会の頻度も少なくなっていった。同時に、義人の授業への欠席も日増しに目立つようになった。


 ある日、ようやく完成した組織用の部屋に令治が遊びに行った。


「久しぶりだな、令治」と義人が部屋の奥から出てきた。


「義人に話したいことがあるんだ。今時間あるか?」と令治。


「おう」


 令治は、義人を人通りのない廊下へと連れていった。令治は周りに話が聞こえないように魔法をかけた。


「それで何?組織に入りたいとか?それなら心配しないでくれ。君のために呪文分析学の研究所も作ろうと思っていて…-」


「お前、魔法使えないだろ」と令治は淡々と言った。


 義人の顔は焦る様子も怒る様子もなかった。ただ無言でじっと令治の顔を見ていた。


「もしお前が、病気ではなくて、先天的に魔法が使えないのだとしたら、義人、今すぐ学校を辞めろ」


 義人は令治に杖を向けた。


「魔法を扱えないお前が、どうやって俺に勝つんだよ」と令治は呆れたように言った。


「お前のこと信じてたのに!」と義人は顔面蒼白のまま顔を顰めて叫んだ。そんなに恐ろしい顔をする義人を令治は初めて見た。「令治は親友だと思っていたのに!ああ、薄々気づいていた。僕にとってはたった1人の親友。でも君にとっては大勢ある中の1人!僕のことバカにしていたんだろう」


「バカにしてないよ」令治は困った顔をした。


「表情を見ればわかる!」


「表情?俺は友人だからこそ敢えて言ってるんだよ!魔法が使えないことがバレる前に学校を辞めないと、いくら竹内家とはいえ取り返しのつかないことになるぞ」


「そうはならない。俺は違う」


「あのな、義人。ここは魔法魔術学校だ。学問をするだけの学校じゃない。杖や箒みたいな魔法の扱い方を学ぶ場所なんだ。魔法が使えることも入学条件にあったはずだ。バレたら捕まる」


「僕は例外だ」


「お前が竹内家の人間だからか?」


「そうだ。だから秘密がバレれば消すまでだ。君とて例外ではない。竹内家を怒らせたらどうなるか知らしめてやる」


「ああ勝手にしろ!俺は怖くないぞ」


「強がるなよ。君もどうせ僕が竹内家の人間だから友人のふりをしていたんだろ」


「俺はお前を人間として尊敬していたから仲良くしていたんだよ!今ならまだ間に合う。誰も気がついていない。学校をやめても何も怪しまれない」


「もういい、聞いてられるか。覚悟しろ!」と義人は杖を向けた。


「俺は、お前を悪者にしたくないんだよ!」


 その言葉が効いたのかはわからない。義人は無言のままその場を去った。それからほどなくして、義人は授業がつまらないと言い残して学校を辞めた。その後、義人は政治家となった。


 令治は卒業後イギリスに留学することになった。日本人で初めての留学は世間を少しだけざわつかせた。その頃、令治はニュースで竹内義人と恒子が結婚したことを知った。


 令治はロンドンのドラゴン研究所でギルド・ストラッドフォードと共同研究をするようになった。


 ある雨の日のことである。


「日本人の女性が外で騒いでいる。ちょっと通訳してくれないか」と同僚が令治の元にやってきた。


 令治が外に出ていくと、そこにいたのは傘も持たずにずぶ濡れの恒子だった。恒子は焦った様子で令治に駆け寄っていった。


「お願いします。匿ってください」と恒子は頭を下げた。「夫が殴るんです……」


 令治はひとまず自宅に恒子を呼んだ。恒子の体は震えていた。令治は暖かいラプサンスーチョンを淹れファッジと共に出した。恒子は震える手でカップを取ると一口飲んだ。


「落ち着いたらでいい。何があったのか話してくれないか」


「……」


「話せないのなら、話さなくていい」


「夫の仕事に付き添ってイギリスにきました。今しか逃げ出せないと思って……」


 恒子は混乱していた。声が震えている。確かに新聞には、外務大臣となった義人訪英の様子が報道されていた。


 令治は恒子を抱きしめた。「安心しろ、大丈夫だから」


「夫がここにくるかも」


「そんなことない」


「探し当てるかも」


「なぁ恒子。ここはどこだ。俺の家だ。もうお前を踏み躙る奴はいない」


 令治と恒子は見つめ合う。学生時代を思い出す。あの恒子の部屋に行った日のこと。あの日、恒子はなぜ令治を自宅に呼ぼうと思ったのだろう。令治は恒子に口付けをし、そっと押し倒した。


 恒子が義人と正式に離婚したのを機に、令治と恒子は籍を入れた。令治、ギルド、恒子の3人で研究をするようになり、大きな成果を出した。


 国際学会で発表しようとしたが、認められなかった。人間界から多額の資金提供を受けた日本が、国際社会から締め出されることになったからだ。外交の失敗だった。


 イギリス政府から圧力がかかり、ギルド、令治、恒子3人の成果にも関わらず、日本人の名を載せてはいけないことになった。高橋夫妻は説得しようと研究所を訪ねたが、ギルドと会うことは許されなかった。そればかりか持ち物をすでに外に放り出されていた。2人は力を失ったように、地面にぐったりと座り込んだ。


 令治と恒子には国外退去命令が出た。政府を通して何度も交渉したものの決定が覆ることはなく、2人は失意のうちに帰国することとなった。


「僕の地元でドラゴンでも育てようか」と令治は言った。


「ドラゴンの需要ってあるの?」と恒子。


 先細りな業界であることに令治も気が付いていた。両親も年老い、職を畳もうとしている。


「君は僕についてくる必要はないよ」と令治。


「嫌よ。私にはもうどこにも居場所なんてないもの」


「義人なら君を許すよ……」


 恒子は俯いて黙り込んだ。


 帰国後すぐに、高橋夫妻は学生たちに取り囲まれた。あれよあれよといううちに、日本魔法魔術学校へと連れていかれ、ご馳走と酒で歓待を受けた。2人は戸惑った。


「僕は悔しいです。あれだけ世界を変える大発見をしたのに」と学生は令治に言った。


 遠くでは、女子学生が男性陣にお酌をしているのが見える。


「まぁ仕方がない……」と令治。


「仕方なくありません。これは外交の失敗です。政府が腰抜けなんです。もっと日本政府は強気に出るべきだ。なのにそれをしない」


「いや、十分に政府はやってくれたよ……」


「あなたも洗脳されてしまったのですね」別の男子学生が泣き出した。「まさにそう言ったところです。政府は口がうまいのです。本当は何も働いていないのに他人のせいにする。高橋さん、あなたが発見された新たな法則、僕は感動しました。見つけるまでにどれほどの困難があったことか。高橋ご夫妻の身を切る努力により、世紀の大発見をしたのです。世界中から認められて然るべきです!」


 そう言われて、令治が、嫌な気持ちになるはずがなかった。



 学生の案内で、令治は豪華な部屋へと案内された。恒子は、別室を用意されていた。学校にこんな宿泊施設のような場所があったのかと令治は驚いた。


 学校の異変に気がついたのは数日後だった。宴会は何日も続いていたのだ。


「先生に怒られないか?」と令治は学生のお頭に尋ねた。


「先生方は地下牢にいます。そもそも教育の質の低下がこのような事態を引き起こした。制裁をくだす時がきたのです。僕らが世界を変えるのです」と学生の頭は急に冷たい声で言った。高橋夫妻は戸惑い顔を見合わせた。


 学生は令治と恒子を学校中を案内して回った。ある部屋では作戦会議が行われ、ある部屋では爆薬が作られている。ある部屋では女性たちがおにぎりを作ったり、負傷した男性を看護したりしていた。


 令治と恒子は屋上へと出た。そこからは驚くべき光景が見えた。学校中を警察隊が取り囲んでいたのだ。


「ご覧ください。ほら、政府は我々が真実を知ったことに気がつき我々の記憶を消そうとしているのです」


 この時令治は初めて、学生闘争の渦中へと放り込まれたことに気がついた。


 2人は悲劇のヒーローとして学生に筋書きされ、今回の事件の首謀者とされていたようだ。


 新聞記事を目の前に提示された。


「報道は政府の犬ですから」とお頭は言うと、リーダーになってもらえないかと懇願された。恒子の頭には銃が突きつけられていた。


「僕たちは学生。兵力こそあれど、権力はありません。国を変えるためには、力で押し倒すしかないのです。そのために必要なのは、士気を挙げ、仲間を増やすことです。あなたの力が必要なのです」


「わかりました。いいでしょう」と令治は言うしかなかった。


「ではまず、気になるのは竹内家の動向です。恒子様、あなたは義人に殴られていたそうですね。義人の真実を警察に伝えてやってください」


「それは誰に聞いたの?」と恒子は絶句した。


 遠くに学生たちが座り込んでおにぎりを食べている。


「おい。このおにぎり、お前が作っただろ!」と男性が形の悪いおにぎりを持って、ゲラゲラと笑った。


「ちげえよ!」と言ったのは、男装した女性だった。


 そんな様子を傍目に、令治と恒子はあるニュースを見つけた。どうやら義人が日本の政界を乗っ取ったというのだ。お頭は新聞を取り上げた。


「そんなに長い時間をかけて読む必要はないでしょう。あなた方は賢いのですから」とトップは言った。「あなたがきてくれてよかった。あなたの戦術のおかげで、もう半年ももっている。爆薬も治療薬も性能も生産量も倍になった」


「そろそろ手紙を読ませてください」と令治。高橋令治あての手紙は全て学生側に取り上げられていた。


「検閲が終わってからだ」とお頭は言った。


 令治は手紙を読ませる気がないことを察した。令治は、手紙が自分に直接届くように魔法を設定しなおした。設定を変えたことに気がつくだけの力は、学を得られていない学生が持っているはずがなかった。


「さぁ、お時間です」とお頭は、令治の背に銃を突きつけた。


 講堂に大勢の学生が集まっていた。令治と恒子は舞台の上へと連れて行かれた。お頭が叫んだ。「こちらにおわすは、令治様と恒子様である。お二方は神より授けられし力によって魔法使いが人間より優れていることを証明した。国際社会はそれを認めず日本を追い落とそうと企んでいる。また、日本政府も、それを黙認している。今こそ、我々が力を持つときである!」


 お頭には、恒子が高知のいざなぎ流という特殊流派の出身であること、神主の家系である高月の血を引いていることも利用し、話に妙な説得力を持たせた。


 一年が経った頃、義人から令治に直接手紙が届いた。


「宛先を探すのに苦労しました。会いたいです」と手紙には書かれていた。令治は学生の目をかいくぐって学校の外で落ち合った。およそ10年ぶりの再会だった。


「なんで竹内家は俺らを攻めないんだ」と令治は義人にいった。


「久しぶりの再会なのに、開口一番にそれか」と義人は言った。


「何を期待していた」と令治。


「別に何も。君に伝えたいことは一つだけ。明日、戒厳令を出し我が組織の軍に学校を攻めさせる」と義人は言った。


「そうか」と令治。


「何か俺に言いたいことはないのか?」


「ない」


 義人はグッと拳に力を入れた。


「令治。お前、なんでこんなことをした!もう取り返しがつかないじゃかいか!何人が傷つき、何人が死んだと思ってるんだ」と義人は叫んだ。


「お前が僕を勘違いしていただけだ」


「ずっと俺はお前を信じていたんだ。お前は絶対に悪くないって。お前は嵌められたんだって……なんでこんなことに」


「僕にだってわからない。君の政策の失敗が原因だろう」


「君までそういうのか?なぁ、令治帰ってきてくれよ。賢い君ならわかるだろう。そうするしかなかったって。人間界から第二次世界大戦の時の賠償金をもらえるか否かはこの国の名誉に関わる。それで国際社会から非難されようとも実行せざるを得なかったんだって」


「ああ君に政治を教えてもらったからわかるさ。実際賠償金をもらったからこそこれだけのインフラが整った。いまや街には車もバスも通っている。箒を持ってる学生もいる」


「そこまでわかっていてなんで学生に加担した……」


「わかっていたからこそだよ」と令治はつぶやいた。「僕は君の外交で研究の職を失った。名誉も。実績も。君を恨んでなんかいない。たった1人の犠牲で、多くの人が救われたんだ」


「なら今度は僕が助ける番だ。君は僕の唯一の……。だから、逃げろ」と義人は耐えきれずに言った。「逃げてくれ。お願いだ。明日、君たちを攻める。お前は強いが、お前の力をもってしても勝てない軍勢を投入する。だから先に逃げてくれ」


「学生たちを置いて逃げれるわけないだろ!俺はもう共犯者だ。大勢の人を殺してしまった。説得一つできなかったし、しようとすら思わなかった。僕は責任を取る必要がある」


「死ぬつもりだというのか!」


「そうだ。ただ恒子のお腹には僕の子がいる。恒子はどうか逃してやってくれ」


「俺から恒子を奪ったくせに」


「お前が殴ったからだろ!」


「……。それが命懸けで奪った女に対する結末かよ。子供を刑死した罪人の子にするつもりなのか」


「もっといいやり方はないのか。学生たちだって引くに引けなくなってしまっただけだ。もう彼らにこれ以上人を殺させたくないんだ」


「僕は君を悪人にしたく無いんだ!君の母親が僕のところに、このところ毎日くる。頭を地面にこすりつけて、どうか命だけでも助けてやって欲しいって、泣きながら懇願するんだよ」


 令治は天を仰いだ。


「ああ、それがなんだ」と令治。


「竹内家として、政府として、法治国家として、それこそもう国際社会に対して、踏みこまないとメンツが立たないだろ」


「主語がでかいな。お前がもっと早く踏み込んでいれば、いくらでもやりようがあったのに」


「君が、俺に学校を辞めろと言ったのと同じ理由だよ」


「よくわからないな」


「わからない?君にとって俺はなんなんだよ」


「親友さ」


 義人は息を呑んだ。「今夜だ。ドラゴンを用意して待っている」


 その日の夜、令治と恒子は学校を抜け出した。義人の家の門の前に、ドラゴン、ダンテがいた。


「ごめんなさい」と恒子は義人に言った。


「君の幸せが僕の幸せだ。あの日、ロンドンでもそう言っただろう。令治と結ばれてよかった……」と義人。


「この恩は忘れない」と令治は言うと、恒子をダンテに載せた後令治は恒子の後ろに乗った。


「ドラゴンで西に飛ぶんだ。高山で魔法界に穴を開けて人間界へと繋げている。きっかり3時だ。その時間しか人間界とはつながらない。魔法界を脱出し、イギリスに迎え」


「イギリス?」と恒子。


「落ち着くまではそこに住め。噂では、ギルド・ストラッドフォードがかなり君たちのことで気を病んでいると聞く。彼を頼ってもいいし、イギリスの大使館には恒子の兄もいるだろう。情勢が落ち着いたら、日本に戻ればいい。それまでの辛抱だ」


 次の日の朝、軍が学校へと踏み込んだ。高橋夫妻がいないことに気がついた学生は大崩れになり、学生の半数は逮捕され、半数は軍からの攻撃や自殺によって死んだ。


 竹内義人は学生闘争の歴史そのものをなかったものとして扱うと閣議決定を行なったのはそれからすぐのことだった。

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