拝啓、悲劇的で素晴らしいゲームのシナリオライター様。私が平凡で幸せな物語に改悪してみせます。

明。

第1話 始まりは水底から

 ゆらゆらと、金色が見えた。それが、最後に見たもので………それから私の世界は色を変えた。





 知らない町、知らない人達、知らないはずの貴女。知らない女性の記憶を知り、私の世界は姿を変えた。





 私の名前はルビー。ルビー=フレア。フレア公爵家の一人娘で、父に溺愛されて育った。わがままで傲慢で……貴女に比べてとてつもなく恵まれているのだ。だけどつまらなかった。いつもいつもいらだっていた。


 貴女は、何もなかった。親もお金も。でも、たくさん友人がいた。働いていた。苦労していた。

 それなのに私より満たされて笑ってた。趣味もたくさんあった。不幸だけど私よりずっと幸せで満たされていた。






 ああ、なんて素敵な人なのかしら。






 貴女の記憶に飲まれながら、そんなことを思って水底へ堕ちていった。












 そして目が覚めたら厚い胸板に歓迎された。胸板の正体は私のパパ様だ。衝撃がすごい。


「ルビーーーー!!!」


「鼻が痛いわ、パパ様」


 どれほど眠っていたのだろう。身体がだるい。そしてパパ様が私を抱きしめて大号泣してるんだが。鼻水つくから止めてほしい。いや、もう手遅れだわあきらめよう。鼻水はいいけど地味に抱きしめる力が強くて痛いんだが。そしてずっと叫ばないでくれ、耳が痛い。


「ルビールビールビールビールビールビールビーたーーーーん!!」


「頭痛いから叫ばないで、パパ様。私は元気よ。心配かけてごめんね」


 そう言うとパパ様は黙ってくれた。いや、驚いて硬直しているようだ。私はその隙に思考をフル回転させてこれまでを思い出す。


 最後の記憶はパーティー会場。パーティーに出たものの性格が悪い私は他の子達から嫌われていて、ハブられていた。そんな所にいてもつまらないから勝手にパーティー会場を抜け出して……?おかしい。そこから先が思い出せない。その後はすでに水の中にいた。


「痛いところは?!3日も寝ていたんだ!医者、医者を呼べ!!」

「はい!ただいまぁ!!」


 待機していたのか、医師が即座に駆けつけた。めっちゃハァハァ言ってるがむしろ医師のほうが大丈夫なんだろうか。思考を中断し、おとなしく診察を受けると逆に心配された。


「どうしたんだ?!普段なら医者なら一目見て診断しろとか触るなとかこのハゲが!とか言うのに………」


 黒歴史過ぎる。彼女の記憶を得た今ならどれほど無茶を言っていたかわかる。最後に至ってはただの罵倒だ。理不尽が過ぎる。

 というか、記憶のおかげで自分がどれだけ最悪なやつか客観視できてしまい胃が痛いのだが、これは伝えるべきか悩む。


「………いや、それはいくらなんでも無茶だなということがわかったから……。ドクター、これまで無茶を言ってすいませんでした」


「エッ、アッ、ハイ………?」


 なぜ疑問形なのか。まあいい。再度かけた記憶を思い出そうと試みる。パーティーを抜け出した後は何度思い出そうとしても思い出せない。その次は池というか水に落ちて溺れた記憶なのだ。

 気持ち悪い。すっきりしない。そのまま気を失っていたらしいというのはわかるのだが……。


「ルビー……ど、どこか痛いのか?息が苦しいとか……池で溺れていたところを見つけたときはどんなに怖かったか……無事でよかった………」


「……寝すぎてボーッとしているだけよ」


「普段と違う言動が不安ではありますが、身体的に問題はありません。お嬢様、息が苦しいとか、咳き込むと言ったことはありませんか?」


「……ないわ」


「聴診上の異常もなく、肺に水が溜まっているといったこともなさそうです。念の為、数日は安静にしてください」


「わかったわ。パパ様、私は溺れていたの?」


「ああ、だが自分でなんとか岸に泳ぎ着いたらしく、池の石にしがみついていたところを私が見つけた。覚えていないのかい?」


 溺れていたのは事実らしい。そうか、池に……そういえばあの邸宅は大きくて美しい池を自慢していたな。池に………落ちた……落とされた……?


「そうなのね。そうね、水の中にいた記憶はあるけど……落ちる前後の記憶があやふやなの」


 心配そうにしているパパ様を見る。パパ様は私に甘いけど、私は不満だった。ママ様が死んで、少しでも怪我をすると行動を制限されたし、悪いことをしても叱ってくれなかった。


 それに、この髪色。フレア家の人間は皆鮮やかな炎を思わせる深紅なのに、私だけ鮮やかな桃色。この家にふさわしくない色なのだ。魔法を扱う公爵家、それも直系の色としてあまりにも中途半端な色。分家の人間に軽んじられ、陰口を叩かれ、その都度大暴れした公爵家の問題児。


 そんな不安もあって、ただ玩具だけを与えられて……放置されているように感じていた。ようやく苛立ちの理由が理解できた。


「ル、ルビー、元気になったらなんでも買ってやるぞ!」


「いらない」


 素敵なドレスにぬいぐるみ。宝石にアクセサリー。くさるほどあっても、満たされなくて。


「そ、そうか………」


 何故満たされないのか疑問だったが、答えはあの記憶の中にあった。欲しいのは買えるものではなかったのだ。

 震える手で、その答えを求める。


「……パパ様」


「なんだい?!やっぱりほしいものがあるのかい?!さあなんでもあげよう!言ってごらん!!」


「買わなくてもいいわ。時間をちょうだい」


 なんでもくれるとまで言ってくれたので勇気を出して、本当に欲しかったものを初めて求めた。


「パパ様が忙しいのはわかってる。だけど、物よりパパ様と過ごしたいの……」


 その一言が言えなくて、荒れていた。子供っぽくて恥ずかしい。


 こうして私はパパ様と幸せに暮らしましためでたしめでたし……となるはずだったのだが。





「な、何をたくらんでらっしゃるんですか、お嬢様!!」




 荒れていたせいでイジメ倒していた私の専属メイドがすっかり怯えてしまった。おとなしくしてるのに怯えられるとか理不尽……。


「……お前、仮にも主に対してひどすぎない?」


「だ、だってアタシがお皿を割っても転んでお嬢様に洗顔用のお湯をぶっかけても暴れないなんて…………」


 まあ、その辺は怒ってもよかったかもしれない。だが、そうしたら支障があるのだ。


「だって、怒ったらアンタの給金減らされて家族が困るんでしょ。でもまあ、ヘマするのはどうにかして減らしなさいよ」


「あ、それは、はい……」


 今まで気にしてなかったが、私が当たり散らすので能力に難はあるものの、このメイドしか残れなかったのだ。彼女は病気の家族を養うためにやめられないから私の専属なわけで。


「そもそもヘマした理由も私がなんかたくらんでると思って普段以上に警戒してたからでしょ。たくらんではいないわ。私がいつもイラついてたのは……寂しかったからよ」


「お嬢様……」


「考えたいことがあるから出ていって」


「はい……」


 出て行けといったのになぜお前は部屋の隅にいるんだ。テヘペロくんすんな!イラッとする!


「出・て・行・けーー!!!!」


「わーい、いつものお嬢様だ!わかりましたあ!!」


 怒ってるのがデフォってこと?失礼なやつだ。


 今度こそメイドを追い出し、記憶を見る。何度も、何度も。この記憶には、ひとつ問題があった。


 先ず、やはり池に落ちる前後がどうしても思い出せないこと。事故なのか、他者によるものなのか相変わらずわからない。  


 次に、彼女の記憶。これは絶対『私の記憶ではない』と断言できる。ならばこの記憶は何者かが何らかの目的で植え付けたということになる。


 さらに、最大の問題が…………。この世界はゲームの世界であるらしい。彼女はそのゲーム『勇者の血脈』が大好きだった。


 物語としては私も感動的でよくできていると思う。笑いあり、涙あり、感動的で悲劇的な戦略シュミレーションゲームというやつだ。彼女がやりこんだおかげでこの世界との一致に気がついた。幸いなことにまだゲームは始まっていない。


 しかしこのままでは全世界に戦火が及び、大混乱に陥る。さらに言うなら、私はゲーム前に殺されるモブなのだ。


 火種は我がフレア公爵家だが、ゲームでの当主は分家であるフレイム家のガイアス=フレイム。いや、ガイアス=フレアと名乗っていた。






 つまり、ゲーム開始時には私もパパ様も死ぬまたは殺されている。少なくとも表舞台に立てない状態というわけだ。






 幸いなことにガイアスは知っている。彼は私より2つ上の12歳。私は現在10歳。仮ではあるが婚約者であるため面識もある。ゲーム開始時点で彼は26歳。まだかなり時間はある。


 とても良くできたシナリオ。作り上げたシナリオライターには申し訳ないが、私はこの世界に生きる人間として、このシナリオを面白みのないハッピーエンドに改悪してみせると決めた。



 私は死なないし、パパ様も死なせない。この世界を守ってみせる!!



 まあ、そう決意したはいいのだが、現状何もできず悩んでいるわけだ。貴族の小娘にできることなどたかがしれている。しかし何もしないわけにはいかない。少しでも有益な情報がないかと彼女の記憶をさらって考えるのだった。


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