魔剣の記憶

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第1話

鉄槌のような脚が地面からはなれた瞬間を、レオンは見逃さなかった。

ブォン! と、うなりをあげる敵の飛び蹴りを紙一重でかわす。


すでにその先に、もう一体の敵が待ちかまえていた。

頭上からだ。

落下してきた巨躯の重量は、フル装備の重騎兵をゆうに超えている。


しかし、レオンの足さばきは敵の連携を完全に読み切っている。


一閃。


剣の切先にのせられた魔力はほんのわずか。たがそれは極限まで圧縮され、放たれた。

魔力の刃は敵の関節をまとめて斬り払った。

二体の訓練用人形ダミーは力の制御をうしなって、そのまま地面に倒れ伏した。


「…………」


相手を戦闘不能にせしめても、無言のまま、みじろぎしないレオン。


(こんなので、いいのか……?)


『終末の舞』と呼ばれるこの技──魔法を応用した剣技──を、レオンはある人物から教わったばかりだ。


といっても、その人物は剣士ではない。

技を実演してくれたわけではなく、あくまで知識として伝授してくれたにすぎない。


お手本がないから、この剣技の使い方がこれで正しいのかどうか、レオンにはよく分からなかった。


訓練場──と、レオンはこの場所のことをそう呼んでいる。

実際はちいさな石切り場の跡地だった。


巨大な斧で断ち切ったような崖が、むき出しにそびえているほかは、雑風景な原っぱがひろがっている。


その原っぱの土の上に横たわったまま、二体のダミーがカタカタとふるえている。

斬られた部位がはいずるように集まって、それらは自動的に接合しはじめた。


「よし……もう一度」


レオンは剣礼をささげるような姿勢をとった。

柄をにぎる手を口元によせ、そのまま目を閉じて集中する。


一体、つづいてもう一体。

修復を終えたダミーが立ち上がる。


魔工のアクチュエーターが作動音を発し、人間には真似のできない回転・屈伸を全身で繰り返している。

動作確認を完了させた二体は、ふたたびレオンに襲いかかってきた。


はさみこむように突進してきたのとほぼ同時に、レオンの体が宙に舞う。


レオンの剣すじから黒い光がひろがる。

交叉するダミーを頭上からつつみこんだ。


次の瞬間、黒い光はレオンの意に反して標的をそれた。


(しまった!)


とっさに技を解除したレオンだったが、間に合わない。

解き放たれた魔力の一部が暴走する。


黒い魔力はダミーの頭だけをねじり切ると、あとはくるったように訓練場の地面をえぐりつつ、崖にぶち当たった。


(はずした……)


舞い上がる土煙りを前に、レオンはなすすべもなく立ち尽くした。


黒い光は虚空に消えたが、同時に、崖の上半分が道ずれに消滅している。


「お見事です、レオンさん! なんて破壊力!」


どこからかペチャペチャと間の抜けた拍手が聞こえてきた。


レオンが振り返ると、原っぱに放置された石柱の上から、ヒョロリと胴長のシルエットが見下ろしている。


「ひさしぶりだな。モルタゥ」


丈の短いベストを着たその小動物は、いちおうレオンの知り合いだった。


「いまのはオリジナルの技ですか? ビックリしましたよ! ぜひともいま一度、ご披露くださいませんか?」


「見せ物じゃないぞ」


レオンはため息をついて剣を鞘におさめた。


(あれもこれも、うまくいかない……)


黒い魔剣をレオンは単に『鴉剣』と呼んでいる。


亡き父から教わった剣技ではあったが、正直なところ、手に負えないというのが実情だった。


技の発動以上に、コントロールに強い魔力が求められる。

強力すぎるこの技を我がものとするには、今のレオンはあまりにも非力すぎた。


レオンは横倒しになった石にすわり、荷物からパンをとりだしてモサモサと食べ始めた。


モルタゥはスルスルと石柱を降りてきて、レオンの手元に頭を寄せ、


「ふむふむ、ずいぶんと粗末なお食事ですねぇ。粗食に耐える訓練でしょうか? さすがは剣士。カッコいい!」


オシャベリなやつだな、と思いつつ、レオンはパンの端をちぎってモルタゥに投げてやった。


すると、モルタゥは怒り出した。


「ちょっとちょっと! わたしをそのへんの野良ウサギと同じにしないでくださいっ!」


「なんだ……ジロジロ見るから腹がへってるのかと思った。そういえば、イタチは肉食だっけか」


「イタチじゃありません! オコジョですよ!」


「同じじゃん」


「いいえ! ぜんぜんちがいますよ! 毛並みとか! ヒゲのつやとか! しっぽの気品とか!」


よく分からないままレオンは水筒をグビリとかたむけて、残りのパンを喉に流し込んだ。


「なんか用?」


このよくしゃべるイタチ……じゃなくてオコジョはすぐに気を取り直した様子で、直立して姿勢をただした。

毛皮業者がよだれを垂らしそうな真っ白な腹毛をそらして、


「ご用といえば、もちろん決まってます。お嬢さまがお呼びです!」



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