第15話・恋人達




 それからも昼餐をウォルフリックと共にしていたが、その場にディジーが加わるのが当たり前のようになっていた。私達が会っている場に決まって彼女が顔を出し、ウォルフリックがそれを止めもしないで容認しているからだ。彼が認めているので、私から注意をすることも出来ずにいた。


 いつも二人は私の知らない話題で盛り上がっているので、段々昼餐に赴くのが億劫になってきていた。


 そんなある日の事。いつものように足取り重く約束の場に付くと、先に二人は来ていたようだ。ドアの隙間から会話が聞こえてきた。



「……お願い。リック。あたしを捨てないで」


「馬鹿な事を言うなよ。捨てるだなんて」


「だってこのままじゃリックはあの女に取られちゃう。嫌だよ。リックはあたしを愛してないの?」


「もちろん愛しているさ」


「本当?」


「ああ」


「あたし不安なの。抱きしめて」


「ディジーは甘えん坊だな」



 そう言いながらウォルフリックはディジーを抱きしめた。抱擁し合う二人をドアの隙間からのぞき見て、後退りした時だった。ウォルフリックと抱き合っているディジーがこちらを見た気がした。ウォルフリックはこちらに背を向けていて気が付かない。ディジーは口角をあげた。彼女は気づいている。そう思ったらその場から立ち去る事しか出来なかった。


 二人は恋人同士。ディジーは、彼に愛されているのは自分の方だと、単なる許婚でしかない私よりも、自分が優位な立場にあるのだと示したかったのか、それとも自分達にこれ以上、近づくなと牽制したかったのか分からない。


 でも、これは私の一存でどうにかなる問題ではない。大叔母は私がウォルフリックと結ばれることを望んでいる。その為に還俗までさせたのだ。それなのにどうして大叔母は、彼が彼女を連れて大公家に帰るのを認めたのだろう? 矛盾がありはしないだろうか?


 二人が抱き合う姿を見て、ショックを受けたわけではないが、自分が想い合う二人を引き裂いたように思われるのは癪な気がして、腹立たしい思いがした。その私が足を向けたのは中庭の奥でひっそり佇む親友の元だった。



「ベレニス。あなたに会いたい。どうしてあなたはいなくなってしまったの。私、あなたを──」


「あら。泣き言? お嬢さまは愚痴れる相手すらいないの? お可哀想に」


「ディジー」



 ベレニスのお墓を前にして、目頭が熱くなってきたところに、背中から声がかけられた。



「私の後を追ってきたの?」


「まあね。あんたがあたし達のことを前大公夫人にでも言いつけたりしたら、リックが怒られるもの。でも、そんな心配いらなかったわね」


「ここには入らないでと、言ったはずだけど」


「ああ。それなら前大公夫人から許可もらった。良いってさ」


「うそ」



 彼女を前にすると感情が高ぶってきて仕方なかった。この場から追い払おうとしたのに、彼女は大叔母からこの墓場への出入りの許可をもらったと言った。信じられなかった。この墓場は大公家所縁の者しか入れない場所。あのネルケ夫人でさえ、許しを頂いてないのだ。それなのにあの厳格な大叔母が、平民であるディジーの出入りを許した? 大叔母の考えが分からなくなる。



「あたしの言うことが信じられないなら、直接、あの婆さんに聞きなよ」


「失礼よ。そんな言い方」


「悪かったね。あたしにとっては単なる婆さんでしかない。それよりもあんたさ、そこでメソメソしていても何も変わらないよ。死んだ人は、生き返りはしないんだからさ。そんなこと修道女だったあんたなら、一番良く知っているはずだろう」



 この国では死んだ人の魂は神の元へ召されると考えられている。お墓に残されているのは生きた証である屍のみ。そのお墓の前で泣いても、その相手はここにはいないとディジーは言いたいらしい。



「そのお墓の人も迷惑していると思うよ。あんたみたいな人がグチグチ、メソメソしていたら。うっとうしく感じているかもね」


「あなたに何が分かるというの?」



 ディジーを睨み付けた時だった。聞き慣れた声がした。



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