第14話・ネルケ夫人
「まあ、バレリーさまですの? お久しぶりですわね」
宮殿から帰る為に馬車を待っていると、正面から赤毛の夫人がやってきた。噂をすると何とやらと言うが、先ほどリヒモンドとの話題に上がった人物と出くわすとは思わなかった。鼻をつく香水に内心呆れる。香水とはちょっとした仕草の際に香るぐらいが、この国では淑女の嗜みとされているのに。
「お久しぶりにございます。ネルケさま」
「ますますベアトリスさまに似てこられましたね」
彼女はニコニコしながら言ってきた。
「聞きましたわよ。ウォルフリックさまがお戻りになられたとか。良かったですね。バレリーさま」
「ええ」
「お二人はお小さい頃から仲が良かったですものね。これで大公家も安泰ですわね」
ネルケはそう言ったが、本心ではないように思う。彼女は狡猾な女性だ。周囲は色々噂していたが、私から見た彼女は、恋人だった父を利用して大公に近づき愛人となった人だ。今は息子を次期大公の座につけるべく虎視眈々と、その機会を狙っているようにしか思えなかった。
その彼女が心から、私とウォルフリックとの婚約を祝福するはずがない。
「でも……、あの方は本当にウォルフリックさまなのかしら?」
彼女は訝る様子を見せた。やはり彼女も気になっているのだ。ウォルフリックの正体を。
「ウォルフリックさまをお疑いですか?」
「だって大公さまが毒を盛られて、寝所から起き上がれない状態の所に、今になって現れるなんて……。それに彼には10年前の記憶がないと聞くわ。あまりにも都合が良すぎないかしら?」
「ネルケさま」
ネルケはウォルフリックへの不審を露わにしたが、私は彼女の発言が気に障った。
「なあに。そんなに怖い顔をして」
「大公さまが毒を盛られたと誰から伺ったのですか?」
大公が毒を盛られたという話は、大叔母や父からは聞かされていない。もしかしたら宮殿の者達に箝口令が敷かれていたのかも知れないが、それならば何故、彼女は知っているのか?
「それは口には出さないけど、皆が知っている事でしょう?」
「皆とは?」
「宮殿に仕える者に決まっているじゃない」
ネルケはそれがどうしたと聞き返してきた。彼女は私の追及を上手くはぐらかしてきた。恐らく宮殿には彼女の手の者が何人か潜んでいるのだ。
そうでもなければ、彼女が宮殿の内情を知るはずもない。危険な女性だ。宮殿(ここ)に何をしに来たか分からないが、彼女の目的が気になった。
「ネルケさまは、こちらにはいつまでいらっしゃるのですか?」
「しばらくいるつもり。公都に屋敷を購入したの。今度、ご招待するわ。もし、良かったらウォルフリックさまとご一緒にいらしてね」
「ウォルフリックさまは後継者教育でお忙しいので、時間が取れるか分かりませんが、時間が合えばお伺い致します」
「そう? ウォルフリックさまがお忙しいのなら、そのお連れさまでも構わないわよ。あなた方、仲は宜しいのでしょう?」
やんわりと「期待しないで下さい」と、招待を断ろうとしたら、彼女はディジーのことを持ち出してきた。
「お連れさまは可愛らしい子ね。私とは気が合いそうよ」
「彼女とは親しいのですか?」
ネルケはディジーと交流があると匂わせてきた。母子ほど年の違う二人がいつ、どのようにして親しくなったのか? 不思議に思っていると、ネルケが言った。
「一度街中でお買い物中にひったくりに遭って、そのひったくりから取られたバッグを、取り返してくれたのが彼女だったのよ。お礼は固辞されたのだけど、その後で出向いた宮殿で再会して驚いたわ」
「そのバッグを取り返してくれた相手が、彼女だとどうしてお分かりに?」
「そりゃあ、私達、外見の共通点があるでしょう?」
「髪色ですか?」
「そうそう。この国では赤毛の者はそんなにいないし、目立つからすぐに分かったのよ」
確かにネルケとディジーは良く似た赤毛をしている。ディジーに初めて墓地で会ったとき、赤毛が目に入りネルケかと思ったら、彼女だったので驚いたのだ。
「そうでしたか。お二人は何となく似ていますよね?」
「止めて。あの子に似ている? 冗談でしょう?」
赤毛という共通点があるせいか、見た目も何となく似ているような気がしてくる。ネルケもディジーも茶色の瞳をしていて、ディジーの方が濃い色をしている。
でもネルケは、それがお気に召さなかったようだ。
「あの子は平民の子よ。貴族の私とは違うわ。一緒にしないで頂戴」
彼女は平民と自分が似ていると言われたことで気分を害したのか、口調も荒く
「失礼するわ」と踵を返して行ってしまった。
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