正月財布騒動記

風馬

第1話

「正月財布騒動記」


正月の朝、江戸時代の下町。酒飲みの桶職人・辰吉は、年末の祝い酒の勢いが冷めやらず、まだ寝床でゴロゴロしていた。「正月くらいのんびりさせてくれよ」と呟くも、しっかり者の妻・お稲に頭をバシッと叩かれる。


「辰さん!そろそろ神社にお参り行かないと、隣の吉兵衛さん家に笑われるよ!」

「うーん、後でいいだろ……。それより、酒がないんだよ酒が。」

「ったく……どれだけ飲めば気が済むのさ。財布に残ってる小銭だけだよ。無駄遣いしないでよね!」


お稲は辰吉の財布をちらっと見せて念を押した後、ふいと台所へ戻る。辰吉はその隙を狙い、財布を奪い取ると、「よし、ちょっとだけ」と言いながら裏路地の酒屋へと向かった。


ところが、そこで事件が起きる。酒屋の軒先で財布を開けると、中は空っぽ。「へ?なんだこれ?」と焦る辰吉。どうやら昨夜、飲み仲間と一緒に使い切ってしまったらしい。


「ああ、これはまずい……。」辰吉は慌てて考えを巡らすも、酒が飲みたい欲には抗えない。そこで、酒屋の主人に「正月の祝いということで、後払いってのはどうだい?」と頼むが、主人は冷たい目で一蹴。


仕方なく、辰吉は神社へと戻る途中で小細工を思いついた。財布を落としたふりをして、「誰か拾ってくれないか」と通行人に訴える作戦だ。


ところが、そこへ通りかかったのはお稲本人。辰吉が財布を持っているのを見て、すぐに察した。


「辰さん、その手にはまんまと乗らないよ!」

「あ、いや、これはその……財布が勝手に落ちたっていうか……。」

「嘘つくんじゃない!神様も見てるよ!」


お稲は辰吉の耳を引っ張り、家へ引きずり戻した。そして机の前に座らせ、「正月の酒代は、こうするんだよ」と言って、自分の手作りの甘酒を差し出した。


「え、これって?」

「酒屋に頼んでおいた米麹と砂糖。これならタダ同然だし、体にもいいよ!」


辰吉は渋々甘酒を口にしたが、思いのほか美味しい。「うん、悪くないな!」と笑顔を見せる辰吉を見て、お稲もほっとした。


その後、辰吉は正月のたびにお稲の甘酒を飲むようになり、町でも評判となった。辰吉の酒癖も少しずつ改善され、正月の財布騒動も笑い話として語り継がれた。


おしまい.


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