目が覚めたらダンジョンにいました、、

宗方智樹

目覚め


 まるでコンクリートの上で眠っているような硬さに違和感を覚えて目をさます。

「痛い」

 背中にまるで針で刺されたような痛みが走る。おかしいベットがこんなに硬いはずがない。

違和感を覚えて上半身を起こして辺りを見渡すとあり得ない光景に目を疑った。

薄暗い視界の中に映っているのは、見慣れない岩肌であったからだ。

昨日まで僕は白を基調としたはずのワンルームマンションにいたはずなのに、、


「あり得ない」

思わず呟いた独り言がひんやりとした空気を震わせた。

そう、あり得るはずがないのだ、百歩譲って街の道路で眠っているなら理解ができる。しかし洞窟?なぜ?

昨日、酒を飲んだわけでもないのに、超インドアで基本家から出ない僕がこんなところにいるはずがない。

これは夢かと一瞬考えたが、鼻に付く土の匂いとひんやりとした冷たい空気がこれが夢ではないと伝えている。


 深呼吸して、混乱した頭を落ち着かせようとする。

一体、なぜ僕はこんなところにいるんだ? 友達と登山してる最中に事故でも起こして気絶したのか…? いや、そんなはずはない。 そもそも、友達と呼べるような存在はいないし、ましてや登山なんて…。

 再び混乱した意識を振り払うように自分の格好を確認してみる。

寝る前に着ていたウニクロのパジャマを着て、靴は履いていなかった。 不思議なことに裸足なのに、足には土や埃一つついていない。

 

 もし寝ぼけて徘徊していたとしたら、足が汚れているはずだ。 しかし、汚れていないということは、寝ぼけてどこかに行ったという線はない。 誘拐? いや、それはないだろう。 ただの大学生で、特筆した能力もない僕を、誘拐する意味なんてない。

「…まさか、僕が何か、すごい能力者で…?」

そんな、馬鹿げた考えが頭をよぎる。 いやいや、そんなはずがない。 僕は、どこにでもいる、普通の大学生だ。 勉強も運動も得意じゃないし、人付き合いも苦手だ。 自分に自信なんて、これっぽっちもない。

「…ああ、やっぱり、僕はダメな人間なんだ…」

自己嫌悪に陥りそうになる。 いつもそうだ。 何か問題が起こると、すぐに自分のせいにしてしまう。 自分はダメな人間だ、価値のない人間なんだと、決めつけてしまう。

「…でも、今はそんなことを考えている場合じゃない」



 じゃあ僕はなんでこんなところにいるんだ、、再び自分がこんな薄暗い洞窟にいることに疑問を持つ。

数分考えてみたが答えが見つかる気配はない。


「考えても仕方ないか、」

僕はため息をつき思考を中断してあたりを探索してみることにした。そう決意すると心なしか気持ちが楽になったような気がした。


 僕は周囲を注意深く観察しながら、洞窟内を歩きはじめた。 

足の裏に感じるザラザラとした砂の感触

ひんやりとした空気が肌を撫でる。

壁はゴツゴツとした岩肌で所々苔が生えており、天井は見上げるほど高く所々鍾乳石が鋭く垂れ下がり、不気味な影を落としている。


「何か手掛かりはないかな?」

洞窟内の探索はすぐに終わった。

洞窟内は、昨日まで住んでいた6畳の部屋より広いが広く見積もっても9畳ぐらいの大きさだったからだ。

見渡す限り、ゴツゴツとした岩肌と砂利の地面が広がっているだけで他には何もない。

ただ一点僕が起きたところの真正面に空いている大きな穴を除けば。


 その穴はまるで巨大な口が何かを誘い込むように空いていた。

穴は奥に続いているようで、そこのない闇が口を開けているようだ。

まるで何か未知の力が穴の中へ僕を誘っているように感じた。

その未知の力に吸い込まれるように僕は穴の中へ吸い込まれていった。


 巨大な穴の中に入ってみるとほのかに暖かい空気が僕を包んだ。

「暖かい?」

さっきいたところ、小部屋とでも言おうかそこよりも暖かい。

「出口が近いのかな?」

微かな期待を胸に洞窟の奥に足を進めた。

しばらく進むと、洞窟はさらに広がりを見せ、複雑な構造になっていく。

まるで巨大な生物の体の中を歩き回っているような、そんな錯覚に陥る。


 途中十字路があったが迷った時のことを考え真っ直ぐに進む。

しばらく進むとT字路が現れる。

右手の法則かなんとかの法則か忘れたけど左右のどっちかにいく場合は右に行くのがいいんだっけ?

うろ覚えの知識からT字路を右に曲がる。

少し進むとまたT字路。

さっきの法則と同じでもう一度右に曲がる

しばらく進んだが一向に出口が見つからない。むしろ洞窟は奥へ広がっているようで、出口が見つかるのか不安が募る。


 歩きながら、改めてこの洞窟の異様さに気がついた。

まずこの洞窟の広さだ。30分以上歩いているにもかかわらず、終わりが全然見えない。

この広さと複雑に入り組んだ道を歩いていると、まるで迷宮に入り込んだような感覚になる。

 

 そして何より奇妙なのはこの明るさだ。

洞窟内は薄灯に照らされている。

もちろん天井に電灯なんてあるはずもなく、太陽の光さえ届いていない。

天井を見上げても、そこにあるのはゴツゴツとした岩と砂の層しかない。

洞窟内に入った途端に感じたこの暖かさも奇妙さに拍車をかけた。


 まるで見えない太陽がこの洞窟を照らしているかのようだ。

それとも砂や岩が直接光を発しているのか?


「どこかに光源でもあるのか?」

そんなあり得ない考えが頭によぎる。

しかしこんな洞窟に電気なんて通っているとも思えない。

そもそも光自体が、蛍光灯のような人工的な光ではなくもっと柔らかな自然の温かさを感じるものだ。


「もしかして魔法?」

そんな笑ってしまうような考えをつい呟いてしまう。

そんなものが存在するのはファンタジー小説やゲームだけだ、現実に存在するはずがない。

一瞬だけよぎった考えを直ぐに捨てる。


「でも、、だとしたらこの灯りは一体どこから来ているんだ?」

説明のつかない現象に戸惑を隠せない。

この洞窟には、ひょっとしたら何か不思議な力が存在するのか?

ふと沸いたそんな考えに少し自分の心臓が高鳴ったのを感じた。


 いつまで経っても出口が見つからなかったため、一旦態勢を立て直そうと、とぼとぼと来た道を引き返し、最初の十字路に通りかかった時”それ”がいた。

仄かな灯がてらす洞窟の中で、それは異様な存在感を漂わせていた。


 薄明かりの中、十字路の真ん中でうずくまっている小さな影。

最初は僕と同じで洞窟に迷い込んだ子供かと思っていた。

しかし、一歩二歩と近づくにつれてそれが”人間”ではないと気がついた。

それはこの世に存在するはずがない生き物のはずだった。


肌は緑色で耳がとんがっている。

目が爛々と輝きガチャガチャとした歯から牙のようなものが覗いている。

130センチぐらいしかない体格に、ガリガリとした体なのにお腹だけが膨れている。

そしてその小柄な体躯に不揃いの大きな頭。


「ご、ゴブリン、、」

ゲームやファンタジー小説でしかみたことのない生き物がそこにはいた。

信じられない光景に僕は目を疑った。


 「嘘だろ、」

呟きは洞窟の壁に吸い込まれ、虚しく消えていく。

これまであり得ないことの連続だった目が覚めたら洞窟にいたこと、洞窟なのに明るいこと。

しかし今ゴブリンの登場により今1番の衝撃が僕に襲いかかっている。


 幻覚か、、そう思ったが、目の前のそれは確実に存在していた。

生々しい質感、生臭い匂いが僕に現実であることを告げている。

ショックのまま立ち尽くしているとゴブリンがこちらに気がつく。


「ぎゃああ!!」

そして、次の瞬間には獲物を見つけた!と言わんばかりに顔を歪まして、唸り声を上げながらこちらに走ってくる。

血走った目が、僕を貪り食うように睨みつけている。

短い手足をバタバタと動かし、地面を蹴るたびに、土埃が舞い上がる。


 その姿は滑稽ですらあった。

まるで幼児が全力で走っているような、ぎこちない動き。

しかし油断はできない。ゴブリンは確実に距離を縮めてきているのだ。

わずか二メールほどの距離。

その距離はゴブリンといえども残り数歩で到達しうる距離だ。


「はぁはぁはぁ、、」

僕は過呼吸のような呼吸をしながら後退りしようとしたが体が動かない、生き物が襲いかかってくる恐怖とゴブリンという存在に対するショックで体が硬直していた。


「ギャッ!!」


ゴブリンの叫び声と同時に、鋭い痛みが顔面を襲った。


「うあああ!!」


僕は、ゴブリンのパンチをまともに食らい、地面に倒れ込んだ。

視界がぐにゃりと歪み、鼻から生暖かい液体が流れ出す。


「い、痛い…!」


涙が溢れそうになるのを堪え、顔を上げると、僕より少し背の低いゴブリンが、勝ち誇ったように立っていた。

その顔は、醜悪さを増し、まるで鬼のような形相になっている。


「ギャギャッ!!」


ゴブリンは、さらに僕に殴りかかってきた。

僕は、必死にガードするが、ゴブリンのパワーは想像以上に強く、腕が痺れてくる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ…!」


言葉が通じるはずもないのに、僕はゴブリンに呼びかけた。

しかし、ゴブリンは攻撃の手を緩めない。

ボコボコと、容赦ない攻撃が続く。


「…もう、ダメだ…」


意識が朦朧としてくる。

このままでは、殺されてしまう。

そう思った瞬間、


「わあああああ!!」


僕は、理性を失い、両腕を振り回した。

すると、偶然にも、僕の拳がゴブリンの顔面に命中した。


「ギャッ!?」


ゴブリンは、予想外の反撃に驚き、よろめいた。

その隙を逃すまいと、僕は立ち上がり、ゴブリンにタックルを仕掛けた。


「ぐおっ!?」


ゴブリンは、バランスを崩し、地面に倒れ込んだ。

僕は、その上に馬乗りになり、拳を振り下ろす。


「この…!」


「ギャアアアッ!!」


ゴブリンは、苦痛に顔を歪め、抵抗する。

しかし、僕の怒りは、恐怖を凌駕していた。

僕は、ゴブリンの頭を掴み、地面に叩きつけた。


「…っ!!」


バキッ、という鈍い音が洞窟内に響き渡る。

ゴブリンの体は、ピクピクと痙攣している。


「…はあ、はあ…」


僕は、息を切らし、ゴブリンから離れた。

そして、自分のしたことに気づき、吐き気がこみ上げてきた。


「おぇっ…おぇ…」


 胃の中のものが、逆流してくる。

僕は、地面に嘔吐した。

生まれて初めて、生き物を殺したのだ。

その罪悪感は、想像以上に重く、僕の心を締め付けた。


吐き気と罪悪感、後悔と安堵。

様々な感情が渦巻き、僕はその場で嘔吐しながら、のたうち回っていた。


その時、ピクピクと痙攣していたゴブリンの体が、ふっと静止した。

息絶えたのだ。


次の瞬間、信じられないことが起こった。


ゴブリンの体が、光に包まれ始めたのだ。

それは、まるで星屑のように美しく、同時に、どこか不吉な輝きを放っていた。

そして、その光は、徐々に僕の体へと吸い込まれていく。


「…な、なんだ…?」


光が体内に流れ込むにつれて、奇妙な感覚に襲われた。

吐き気は消え失せ、代わりに、今まで感じたことのない、不思議な感覚が全身を満たしていく。


それは、まるで世界と一体化したような、大きな力に包まれているような、そんな感覚だった。

自分という存在が、世界に認められ、必要とされているような、そんな感覚。

そして、自分には、何でもできる、どんなことでも成し遂げられる、そんな万能感。


「…これは…」


言葉にならない感動がこみ上げてきて、僕は涙を流した。


これまでの人生で、僕は、自分のことを特別な存在だと思ったことはなかった。

むしろ、平均以下の人間だと、卑下することさえあった。

勉強も運動も得意ではなく、これといった才能もない。

そんな自分が、世界に認められる日が来るなんて、想像すらしていなかった。


しかし今、この瞬間、僕は、世界から選ばれた存在だと感じている。

ゴブリンを倒したことで、僕は、特別な力を手に入れたのだ。

そして、この力は、僕に、無限の可能性を与えてくれる。


「…もっと…もっとこの感覚を味わいたい…」


心の底から、そう思った。

この万能感、この高揚感、この世界に認められているという感覚。

もっと、もっと、もっと…


「…そうだ…ゴブリンを倒せばいいんだ…」


その考えが、僕の頭を支配した。

この洞窟には、きっと、まだゴブリンがいるはずだ。

そして、僕がゴブリンを倒せば、また、この素晴らしい感覚を味わえる。

世界は、僕を認め、必要としてくれるだろう。


僕は、ゴブリンが発した光と共に生まれた小さな小瓶を拾い上げ、立ち上がった。

足取りは軽く、心は希望に満ちていた。

そして、僕は、自分が最初に目覚めた、あの小部屋へと戻っていった。

この不思議な感覚を、もう一度味わうと、固く決意して。

世界に、認められるために。

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