第13話 『文具小咄集(文具工場・下敷きは空を翔ぶ)』久保田毒虫 さん
p.110)この世は残酷だ。大切なものに限って、遠く遠く離れていくのだから……。
巻頭句から始まるスタイルが好きだ。これから始まる話は、喪失の話なのだろう。もしかしたら、復讐? などと思いを馳せる。
p.110)俺は捜索願を出した。
物証から考えられる状況は絶望的だ。ところで、ここまで母(妻)は登場しないことに気づく。くまさんのペンケース、というのも気に留める。
p,111)せめて『どんな形』でもいいから息子に逢いたい。
これは、マジックワードになるのではないか、と感じる。何か、文具を開発するのだろうか。
p.111)『どんなもの』でもリサイクルして、かなりの低コストで文具を作ってくれる
『どんな形』でもいいから。に呼応するマジックワード『どんなもの』でも が現れた。と感じる。
p.112)工場の中は、なんだか陰鬱な雰囲気が漂っていた。暗い表情の社員たちが黙々と作業をしている。
数々のリサイクルされた商品、一つ一つが魅力的だ。しかしなんとなくこの工場には『注文の多い料理店』のような雰囲気を感じる。ダークメルヘンの予感。
p.112)材料は全て本来捨てるはずの『ゴミ』です
嫌な予感がする。なぜならば「ゴミ」もまたマジックワードに属することが、二重かっこによって明らかだからだ。
p.113「おや? ご子息様のはご覧になりませんか? あなたのご子息様から作った万年筆。新作なんですよ」
ラストの言葉。衝撃的である。マジックワードは、思いがけない方法で機能する。
主人公は息子に『どんな形』でもいいから会いたい。と願った。おそらく、その瞬間からマジカルな時空に迷い込んでしまったのだ。どんな形でもとは、たとえば亡骸だったとしても、という意味合いが一般的なのだろうが、実際はその可能性は否定したいだろうし、暗に、主人公は言外に否定していたのだ。
だからこそ、息子は万年筆にされるのだと思う。
主人公が否定した「亡骸」という可能性を、求められない形、不要な可能性、いらないもの=『ゴミ』と変換していくとき、A工場という『ゴミ』から文具を作る工場が召喚され、遺体=『ゴミ』と化した「息子」を「有益」な「万年筆」という、主人公が否定しなかった『どんな形』にもに合致させたから、見ていけと言われるのである。これはダークメルヘンだが、その機構は独特だ。A工場をこの世に存在たらしめたのは、ほかならぬ主人公の切なる願いだったのだから。
p.113)ちょっと大きめの筆箱くらいだ。
家族の住む部屋をこのように喩えるところがおもしろい。だが、おもしろいだけでは済まなかった。
p.113)誰かがトイレのドアをドンドンと叩いた。
「狭いトイレに親も子もない」という言葉を聞いたことがある(押井守さんの作品だったろうか)それは実感できる。
p.114)痛い痛い痛い痛い痛い!!
この切迫性のエスカレートが、マジカル時空への移動契機となる。
p.114)するとドアを叩く音が不気味なほどピタッと止み、今度はブーンブーンと音がし始めた。
「転」だ。扉を開けたときに繰り広げられていた光景を、事前に想定できる人は誰もいないだろう。それは、滑稽で恐ろしく無意味なようで不穏すぎる。すばらしいと思う。ヒントとして「筆箱」は出ていたが、それがこのような形で回収されるとは。
p.115)全く。こんな時に限って……。
さらなる魔を呼び込みそうな状態である。頼みの綱のはずの相手までもが、さきほどと同じパターン(怒鳴り合いからの静寂。からの物的音へ連続)だ。今度は何になったのか、不安が渦巻く。
p.116)二つの定規が自らを剣のようにして戦っていた。
変身の原因はともかく、一定の機構は明らかになる。始めはトイレを我慢できなかった家族が削り滓を撒き散らす電動鉛筆削り器になった。そして大喧嘩中の大家夫妻は、互いの尺度で渡り合う定規となって戦っている。
p.116)「ああもうめちゃくちゃだわ!!」
私は思わず叫んだ。
図らずも相手を追い込んでしまった主人公が、自分自身をも追い込んでしまったとき、主人公には二枚の下敷きが現れる。「なんで私だけ現物支給なのよ!」という主人公の叫びは、すでに変身の機構を本能的に理解してしまった者の、やるせなさと同時に、ある一つの可能性を示唆している。それは、
電動鉛筆削り器も、定規も、それぞれに手渡されただけであったのではないか。主人公にはなぜか、その人間の姿が見えなくなっていただけなのではないか。ということだ。
切羽詰まった状態において、人は人を正視できなくなり、状況に翻弄されるだけのでくの坊になってしまう。
主人公は当然のごとく二枚の下敷きで白鳥のようにあてもなく(とはいえやはりそれは北だろうか)現実逃避してしまうのであるが、もしかしたら、彼女がその妄想の空へ飛び立っているだけなのかもしれない。
部屋では糞尿を撒き散らした家族がおり、大家の部屋では血まみれの夫婦が息絶えているのかもしれず、その近所では主人公は二枚の下敷きをばたつかせて走り回っているという光景を、わたしは見ている、ある晴れた日曜日である。
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