知らない町の高校に進学したけど、何故か俺のことを知ってる人がいる件

刈穂結希

第1話 強制イベントは突然に

3月31日。

春を迎えつつある中で、冷たい雨が降っていた。


知らない町の、知らない家。

そんな場所で、ぼんやりと外の景色を見ていた。


別にぼーっとしているのが好きな訳ではない。

本当なら外に出て色々見ようかと思っていたのだが、こんな天気なので、そうしているだけだ。


人生には自分の力ではどうにもならない時がある。


それは何時でも、予測できないタイミングで、理不尽に訪れるものなのだろうが、こと親の庇護下に甘んじている「子ども」には、そんな時がままある。

「家庭の事情」

代表的なのは、こういうものだろう。


宮森悠翔みやもりはると、中学三年生。

明日から高校生になる。

俺も、それに振り回された者の一人だ。


発端は昨年の6月だった。



***

「ごめんね」

気温も湿度も上がり、鬱陶しいことこの上ない時期。

俺が学校から帰ってきたタイミングで突如として開かれた家族会議は、母からの謝罪で始まった。

「お母さんとお父さん、離婚することになりました」

「………」

正直、いずれはこうなるだろうと思っていた。

はっきり言って、俺が思い出せる限り、両親の仲が良かった時期はない。

言い争いが多くあったのではない。

むしろ少ないぐらいだったが、思えば多分、それも問題だったのだろう。

交わされる言葉は少なく、話は広がらない。

家庭には、いつも仄暗ほのくらい空気が充満していた。

だから、特に驚くことはなかった。

とはいえ、聞いておくことはある。


「分かったけど、俺はこれからどうなるの?」

俺が納得したのが思っていたより早かったのか、母は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、それもすぐ引っ込めて話し出す。

悠翔はるとはお母さんと一緒に暮らすのよ」

そうか。決まってたか。

まぁ、決めてくれた方がありがたい。子どもが決めるには、荷が重い。

両親は不仲だが、俺はそうではなかった。

母とも父とも、関係は良好だと思っている。

そんな俺に、どちらに付いていくか決めろというのは、正直キツい。


あとは…

「ここで暮らすの?」

「2人で暮らすのにこの家は広すぎるでしょう。この家は引き払うわ」

「…まぁ、家賃の問題もあるし、仕方ないね」

このアパートの一室は俺が生まれてからずっと、家族三人の拠り所だった。

母の言う通り、それ未満だと持て余す。

「うん。だから…」

母は言葉を繋げる。


「お母さんの実家で暮らすことになるわね」


「……え?」

てっきりこの町のどこかでまた暮らすのかと思っていた俺は、面食らった。

母の地元はここではないからである。

「実家って…どこ」

「大津よ」

母の実家があるのは、滋賀県の大津市。

そのことを知ってはいた。

だが、母は実家へ帰る時、いつも一人だった。

向こうから人が来ることもあったが、俺が行ったことはない。

つまり、俺にとってはである。

「いつから向こうに行くの?」

「来年の4月から。今から行くと転校とか大変でしょ?だから、悠翔はるとの進学に合わせることにしたの」

「つまり、俺は向こうの高校に行くと」

「そういうこと」

そうか、俺は見知らぬ町に移住して、見知らぬ学校に進学する訳か。なるほど。


…いや。

そんな大きな変化を易々と受け入れる訳にはいかない。

俺は変化を嫌い、安定を好む人間なんだ。

もしそれがやむを得ないとしても、できるだけ小さく留めたい。引っ越して遠くの町に行くとかだ。

俺は真剣な表情で、母に尋ねる。

「ちなみに、俺が何か文句言ったらどうにかなる?」

「…残念ながら、それはないわ」

母は表情を変えずに、そう答えた。


人生には自分の力ではどうにもならない時がある。

そのことを、改めて実感した瞬間だった。

***


残りの中学生活は、通いなれた中学校で送ることができた。

志望校選びは情報が少なすぎて難航した。だって仕方ないじゃん、行ったこともない町だよ?母親の情報はアップデートを放置したせいであまりあてにならなかったし。

それでも何とか良さげな所を何校か見つけ、皆が地元周辺の高校を受けるなか、一人新幹線に乗って遠方の学校を受験していた。

同級生からの、

「どこ受けるの?」

という質問にちゃんと答えても、

「何それ?(笑)架空の学校?(笑)妄想?(笑)」

とか言われる始末である。笑いすぎだろ。

勉強以外でも苦しんだが、志望校には合格できた。


卒業式の3日後、俺は母の実家に引っ越した。

当日、見送りに幼なじみが来てくれた。

陸上部で情に厚い同級生・上田彬うえだあきら、美術部で誰にでも優しい人気者・志摩彩夏しまあやかの二人である。

彼らとは家が近所だった。

だからといって積極的につるむというほどではなかったが、気が合う仲間だった。

特に俺にとっては、気軽に相談できるたった二人の同級生だった。

「何かあったら、すぐ連絡しろよ!」

「また、会おうね!」

二人は涙を浮かべて俺を見送ってくれた。…まぁこの二人は昔から結構涙もろいんだけど。

「ありがとう、二人とも…」


…良い友人を持った、と思う。

俺は我慢していたが、彼らが見えなくなったあと、車内で大泣きした。

そういえば、俺は二人と同じくらい涙もろいんだった。


こうして、俺は生まれ育った町を離れた。

二人の友人以外には特に惜しまれることもなく。



…ちょっと待て。

よく考えたら、同じ町で約15年間暮らしてきたのに、俺の人間関係、薄すぎない!?

小中はおろか、幼稚園から一緒だった人は二人以外にも結構いるんだが?

0じゃないだけマシと思えってことなのか!?


これから知り合いもいない、見知らぬ町で暮らしていくのに。

高校生活、ちゃんと送れるんだろうか…


改めて不安に襲われながら、中学生最後の日は過ぎていった。

強まる雨音がより不吉に思えた。

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