第6話 ただのレオ
「もう大丈夫よ?」
「っ……」
「大丈夫。驚かせちゃって、ごめんなさい」
「……俺のせい……で、お前を……死なせたかと……」
少年は、声を詰まらせながら肩を震わせていた。そっと少年を抱きしめると、自分よりずっと背が高いことに気が付いた。それからずっと、少年が落ち着くまで背中をさすり続けた。
「私なら平気。こんなので死んだりしないわ。それに――私のこと、信じてくれてありがとう」
「……怪我は、ないか?」
「あんなの、へっちゃら!」
「ディー、お前っ!!」
「ん?」
「陸の、アース・アイ?」
「だから言ったでしょ? 『私たち、おそろいね』って。ねぇ、聞いたことがない? あちらの世界で一つだった魂が地上に産まれ落ちるとき、男と女の2つに分かれる。そんな2人のことを、
私は“陸のアース・アイ”の持ち主だ。
そんな2人が奇跡的に出会ったのだ。運命を感じずにはいられない。
「――オ」
「ん?」
「俺は、レオ。ただのレオだ」
「ふふっ。じゃあ、ただのレオ。帰ろっか? 帰ってちゃんと、治療を受けた方がいい」
渋るレオの手を取って出口へ向かうことにした。
「――おいディー、どこに行くんだ? そっちは行き止まり――生垣が見えないのか!? ぶつかるぞ!」
「ん? 何か言った?」
「え? あれっ!? わっ!? どうなってるんだ!?」
レオの手を引いて出口の方向へ歩き出すと、急に彼が焦り始めた。
『そっちは行き止まりだ!』って叫びながら。
でも、私の前には普通の道が見えていて、何の障害もなくスッと通り抜けたものだから、レオは腰を抜かして座り込んでしまった。
「まさか、認識阻害魔法が仕掛けられていたのか?」
「何のために?」
「ディーには生垣が見えなかったのか?」
「うん。ちょっとボヤッと靄がかかったみたいになってたけど、普通に道が見えたよ?」
「おそらくだけど、ディーのその能力、誰にも言わない方がいいと思う」
「あ! お母さんにもそう言われてたんだった。レオ、内緒にしてくれる?」
「あぁ。……なぁ、この迷路、スタートから俺と一緒に歩いてくれないか?」
「えぇ~? 襲われそうになったのに、まだ遊び足りないの?」
「頼む」
「別にいいけど、ご両親に叱られても知らないからね?」
レオは行き止まりに見える場所を私が通り抜ける度に、服の装飾をほどいて目印をつけて回った。
「レオの髪、綺麗だね」
「ディーは女なのにショートヘアなんだな」
「うん。リボンなんてしたことないから、ちょっぴり憧れちゃう」
何かのっぴきならない理由があったのだろう。
私が12歳でロワーヌ侯爵家に引き取られるまでの間、外出する際は少年の恰好をさせられ、短くカットした髪の毛は常に栗色に染められていた。
「――ほら。これ、やるよ」
「いいの?」
「あぁ」
レオは、銀髪を束ねていた青色のリボンを解くと私の手にそれを握らせてくれた。
「こんなにたくさん、ニンシキなんとか魔法っていうのが使われていたんだね」
「神隠しにあった子どもの話、聞いたことがないか?」
「あ、それ、お母さんが言ってた」
「それと関係あるかもしれない」
「えーっ!?」
ゴール前の広場まで戻ってくると、再びレオが帰るのを渋り始めた。
「ねぇ、レオ。お腹空いたから、あそこのさくらんぼの実を採って食べようよ」
レオに肩車をしてもらって広場に植えられていたサクランボの実を採って食べると、今度は種飛ばし競争をして遊んだ。
負けず嫌いなレオが引き分けになるまで終わらせてくれなかったせいで、すっかり日が暮れてしまった。
「なぁ、また会えるか?」
「うーん、ただのレオとなら」
「何だよ、それ」
「レオ、本当は良いお家のお坊ちゃんなんじゃない?」
「ただのレオだと言っただろ?」
「このリボン……とっても高そうなんだもん。私とは身分が違うよ」
「女に借りは作らない主義なんだ」
「別に気にすることないよ。レオが泣いたことは、2人だけの秘密。ね?」
「嫌なんだって!」
「だったらもっと強くなって、今度はレオが困ってる人を助けてあげて」
「それだと、ディーへの借りが残ったままじゃないか!」
「別に、私に返してもらわなくっていいよ」
「それじゃ意味がないだろ?」
「あのねぇ。強い人が弱い人を守るのは当たり前なの! なのに貸しとか借りとか、バカみたい」
「バカ!?」
「今日はたまたま私がレオを助けた。でも、私が気づいてないところでレオに助けられてることもあるかもしれない。それでいいじゃない。ヨノナカって、そういうもんでしょ?」
「よくない! それに、俺は弱くない!」
「ほんっとに頑固なんだから! 負けず嫌いだし!」
「負けず嫌いを悪い事みたいに言うな!」
「じゃあ、今度はレオが私を守って。これでいい?」
「分かった。俺は、ディーを守れる強い男になる」
「私はもっと強い女になるけどね?」
「なっ! それだと借りが残ったままになるだろ?」
「あーもうメンドクサイな! 貸しと借りとか、そんなの考えないようになった頃、ようやく誰かを守れるイチニンマエの男になれるんじゃないの?」
「……分かった」
「頑張って! じゃあね、ただのレオ!」
レオと別れた後、慌てて母の元へと帰って行ったのだけれど、案の定、こっぴどく叱られた。当然、賞品も貰い損ねた。
私たちが巻き込まれた事件を機に貴族の子どもを狙った誘拐犯が次々に検挙され、連日新聞紙上を大きく賑やかすことになったことも、私がレオから貰ったリボンがきっかけで運命が大きく変わり始めたことも、当時8歳だった私には知る由もなかった。
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