第5話 魔力無効の持ち主
懐かしい昔の夢を見た。
あれは、お金持ちの子爵家が見世物として造ったという「ガーデン迷路」に参加したときのこと。
大人の背丈を優に超える高い生垣で作られた迷路で、恋人たちのデートスポットとしてはもちろん、子どもたちの間でも大人気になっていて、渋る実母に無理を言ってようやく連れて来てもらったのだ。
外出時のお約束として少年のような恰好をさせられたけれど、生垣迷路に挑戦するにはワンピースよりもズボンの方が便利だから、二つ返事で受け入れた。
所々に設けられた広場が目印になっているものの、これがなかなか難しいらしい。
見事45分以内にゴールできた者には豪華賞品が貰えるということで、張り切って挑戦していたら、あっという間にゴール手前の広場まで辿り着いた。
「おかしいな……全然、迷わなかった」
不思議に思いながらもゴールを示す太陽光が射しこんでいる方向に向かって道を曲がると、同じ年くらいの少年がうずくまっていた。
「どうしたの?」
「うっ、……何でも、ない……」
「顔が真っ青だよ? ちょっと診せて?」
「っ、大丈夫だ」
「ぅわぁ、綺麗!」
「?」
彼は、
「水の惑星を閉じ込めたような瞳。あなたのは“海のアース・アイ”なのね。私の瞳はね、“陸のアース・アイ”って言うんだって。あなたは海で、わたしは陸。ふふっ、私たちおそろいね?」
「お前、どうして女みたいな喋り方をするんだ?」
「だって女だもの」
「は? 男じゃないのか? それにお前の瞳、ただの
「普段はね。って、もしかしてあなた……大っ変!! 早く助けを――」
「シッ!」
少年は突然私の肩を掴むと、生垣の下に身を隠すようささやいた。
どうしよう。どうして気付かなかったんだろう。
“アース・アイ”は、第二次成長期が終わりを告げる頃、成人ともに発現すると言われている。それ以外にも短時間だけ発現されることはあるが、それは、命の危険が迫っているとき。重たい病気にかかったときや、毒や攻撃魔法を受けた時などだ。
実母から何度もそう教えられてきたのに。のんきに、「綺麗!」なんて言っている場合じゃなかった!!
暫くすると、乱暴な足音とともに男の話声が近づいてきた。
「チッ、菓子にナッツを混ぜていたのを勘づかれたか」
「思った以上に聡い子どものようですね。向こうに吐き出した後がありました。で、どうします?」
「方法は変更せざるを得ないが、命令は完遂する」
「では」
「攻撃魔法と気づかれぬよう事故に見せかけて重傷を負わせる。殺せとまでは命じられていないからな」
「――あなた、ナッツアレルギーがあるの?」
「お前は逃げろ」
なんてことっ!!
大人2人がかりで、子どもを害そうとしているなんて!!
「お前じゃなくて“ディー”よ」
「奴らの狙いは俺だ。巻き込みたくない」
「ふふっ。わたし、こう見えても強いの。“にぶい”、とも言うみたいだけど」
「何を言って――」
「あなた、“ぼうぎょまほう”は使える?」
「少しなら。ただ、俺一人を守るのが精一杯だ」
「十分よ」
「おいっ! 何をするつもりだ?」
「わたしを信じて。今から“ぼうぎょまほう”を展開するの。そう、上手よ! そのまま私の背中にくっついてて。いい? 絶対に私から離れちゃダメよ?」
空を見上げると、迷路をすっぽり包むように防音魔法が張られているのが見えた。
精度はまぁまぁだけど、一部、膜が薄くなっている箇所がある。
「狙うなら、あそこかな?」
そう決めて、先ほどの広間まで戻る。
「ちょっとあなたたち! 何を企んでるの!?」
「っ!? なんだ、子どもか。びっくりするじゃないか」
2人が驚いた隙に指を鳴らして防音魔法を解く。どうやら気付かれていないらしい。
「ギャ――!!
「おいおい、人攫いはないだろう? おじさんがゴールまで連れて行ってあげよう。ほら、おいで?」
「来ないでっ!!」
「おい、騒がしくなってきてるぞ!」
「焦るな。防音魔法が効いている。クソっ、こうなったらターゲットとまとめて処分するか」
2人の手元に拳大の炎が現れたと思ったら、あっという間に大人の大きさくらいにまで膨れ上がった。彼らはそれをそのまま私たちへ向けて投げつけると、急ぎ足で立ち去った。
「悪いことをするのなら、最後まで見届けるべきだったわね! この、意気地なしっ!」
パンっと服を叩くと、あっという間に炎が霧散した。
私は、いわゆる“魔力なし”だ。
攻撃魔法も防御魔法も、もちろん治療魔法も使えない。
けれど、神様はそんな私にも一つの才を与えてくれた。
あらゆる魔力を無効化させる“魔力無効”の力を。
酷く稀な力らしいけれど、治療魔法も効かないという意味では諸刃の剣だ。
魔力の有無は、神殿にある特別な貴石に触れることで判定される。
昔まだこの大陸が今のような形状を取っていなかった頃、魔女退治に尽力した救国の勇者たちに魔力と爵位が与えられたという伝説がある。その魔力は薄れながらも現在も保たれていて、魔力持ちの多くは貴族階級に属している。
王国では、平民も貴族もみな13歳になると魔力判定をされることになっていて、私も例外なく神殿に赴いたわけだけれど、貴石はほんの一瞬強い光を放っただけで、何の反応も示さなかった。私の魔力無効の力が、貴石の反応を封じたからだ。
結果として私は“魔力なし”と判定された。それ以来、私は貴族界で軽んじられる存在となった。それは、学院に入ってからも続いている。
実母は早くから私の特殊性に気づいていたのだろう。私が自分の身を守れるよう、幼い頃から様々な薬学・医学の知識を身に付けさせてくれた。
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