狼のウイスキー
Niagost
第1話
社畜。仕事で休暇も取れず、会社のために働き続ける人。
僕の社畜のイメージは上記の通り。辞書を引いてみたいとは思うが、そんな時間はない。なぜなら僕が社畜だから。
「はあ〜づっかれたぁ」
三分で作ることができる魔法の食品の蓋を剥がし、テーブルに置く。電気の力によって湯を沸かすことのできるポットに水道水を注いだ。日本の水道水は綺麗に浄化されているはずなのに、ミネラルフォーターを買う神経がわからない。日本人は用心深いだけなのか、はたまた高いものを買えば色々安心!という怠惰から来たものなのか。考えても仕方がないのでスマホを弄ることにした。
ピーピー
飯にありつくことができる音が耳に入り込んできた。しかし、三分という長い長い戦いをしなければ食べることのできない伝説の食品!日本が誇る「インスタントラーメン」は未来を走る若者の味方だ。お手頃価格で簡単に調理を行うことができる。これほどに嬉しいことはないだろう。
僕はポットを持ち上げて、硬くて食べれそうにない麺に沸騰したての水を注いだ。少し浮き上がったその物体に食欲をそそられながらも、観念して蓋を閉じた。その上に木製の細い箸を添えた。
あと三分。
僕の名前は灯墨。これを見て一発で読める人はとても少ない。言うなれば雀の涙ほど、だ。僕はこの表現を割と気に入っている。スズメという生き物にはさほど興味は無いが、鳥という自由気ままな生き物も涙を、悲しみという感情を知っているのかと思うと少しばかりくすぐったい気持ちになるからだ。
なんとも無駄なことを考えている自分に呆れてふっと苦笑いをしてしまう。しかし、この時間がたまらなく墨は好きだった。
僕の名前は灯墨。これでも日本人。読み方はあかりすみ。墨という漢字を「ボク」と読むことができたのなら、少しは格好がつくのに、「すみ」と読んでしまった。随分と可愛らしい読み方だろう。だから色々苦労した。同じクラスの奴には「すみちゃん」と呼ばれるのが普通で、自己紹介をした後で僕と話す人との話題は僕の名前以外ほぼ無い。
「可愛らしい名前だね」
「墨って名前じゃ、ボクと読むと思ってたわ!これがギャップってヤツ?」
聞いていればポジティブな意味かも知れない。僕も中学生くらいまではそう思っていた。ある会話を聞くまでは。
「アイツって名前にも劣らず、女っぽいよな」
「てか、女なんじゃね?」
僕の容姿が男らしかったら、かっこいい名前、おしゃれな名前だと褒められただろう。しかし女のような顔面を持ってこの世に生を受けてしまったことで「可愛い」という印象しかつかなくなってしまった。あの時は悲しくはないが虚しさがあった。本当に女っぽい僕に男子はなかなかとっつけ無かったらしい。だから友人と呼べる人間は僕にはいなかった。
その後、高校生になりバイトを始めるも孤独であることに変わりはなく、どんどんと孤立していった。僕を取り巻くそんな環境を嫌悪していたため、どうすればいいのかを必死に考えた。そして一つの解を導き出すことができた。
女顔を隠せばいい、と。
そうすれば、男子も僕に絡みづらくなくなるし、女子にだって無意味に近づかれることもない。まるで天使が提示した選択のようだった。そうして僕は躊躇うことなく、メガネを購入。髪も伸ばし放題にして今は適当に結っている。普段からマスクを着用して顔を公にしないように努めてきた。その努力あってからなのか、変にハブられることも少なくなった。その見た目のまま採用をもらえる企業へと就職。清潔感のない僕を雇った会社なのだからホワイトのわけがない。もちろんブラック、社員はもれなく社畜、という感じだ。
後悔しているか、そう問われればこう答える。
わかりません。
自分の顔が他人に知られないのは便利で嬉しいことではあるが、就職した企業がブラックなのは実に最悪。おかげで休暇と呼べるような日を過ごした日が何日前なのかもわからなくなってしまった。
正直、辞めたさはある。でも辞めることができない。
「は〜あ」
墨はソファに寄りかかりながら、深く深くため息を空気に混ぜた。
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