第3話 やられ役のヒーラー、できることをする
いきなり魔王城にアリシアがやってきた。
予測していなかった事態に俺は困惑し、思わず硬直してしまう。
ど、どうなってんだ!?
なんでアリシアがこのタイミングで魔王城まで来てるんだ!?
「貴方は……魔族だったのですね……」
「っ」
アリシアは驚きと悲しみが混じったような眼差しで俺を見つめてきた。
うっ、咄嗟に正体を誤魔化すためとは言え、ファンだの応援してるだの言ったことを今さら後悔した。
嘘は言っていないが、魔族が人間のファンなど信じるわけがない。
「どうして、アリシアさんがここに?」
「……あの日、貴方と別れた後のことでした。アレク君――勇者の様子を見に行こうと連合軍の陣地を出立した瞬間、陣地が消滅したのです」
どうやらアリシアは奇跡的と言える偶然でヘルヴィアの魔法を回避したらしい。
流石はヒロイン。
アリシアには凄まじい豪運が味方しているようだ。
「陣地が消滅した後、私は魔王の亡骸が原因だと考え、微かな貴方たちの痕跡を辿って追跡したのです」
「ふむ。余は人の目で見て分かるような痕跡を残したつもりはなかったが……」
チラッとヘルヴィアが俺の方を見てきた。
俺はサッと視線を逸らし、ヘルヴィアの疑いの眼差しを逃れる。
先に言っておくが、俺は何もしていない。
たしかに高速移動バグを使うためにアホみたいな仕草を繰り返しはしたことは認めよう。
高速移動バグと言っても、所詮は歩くスピードを上げるだけ。
もしかしたら足跡を残していたかもしれない。
しかし、それで魔王城まで追跡してくる輩がいるとは思わないじゃないか。ましてやヒロインがやるとは思わなかった。
俺は悪くない。多分きっと、おそらくは。
「それにしても、まさか魔王がまだ生きているとは思いもしませんでした」
アリシアが鞘からレイピアを抜き、その切っ先をヘルヴィアに向ける。
ヘルヴィアはニヤリと笑った。
「ほぅ、勇者抜きで余を倒そうとするか。それは蛮勇であるぞ」
「ハッタリは通じませんよ。まだアレク君との戦いの傷が癒えていないのでしょう?」
「……ふむ。見る目はあるようだ」
アリシアの指摘は正解だった。
蘇生バグは対象の傷を完全に癒して生き返らせるものではない。
あれからそれなりに時間は経っているが、ヘルヴィアは魔力の回復を優先したせいで勇者との戦いで溜まった疲労が抜けきっていない。
致命的と言うほどではないが、いくらかハンデを背負っている状態なのだ。
「この命と引き換えにすれば、貴方を倒すことはできそうです」
「くっくっくっ、ならばやってみるといい!!」
そうして、いきなり戦いが始まった。
俺は巻き込まれないよう、大広間の端に寄って戦いの行く末を見守る。
ヘルヴィアは当たれば致命傷になり得る魔法を乱打し、それらを歯牙にもかけず回避しまくるアリシア。
アリシアは速度と技量に特化した剣士だ。
一発一発が凄まじい威力の魔法を扱うヘルヴィアとは距離があると不利だが、近づきさえすれば圧倒的に有利となる。
まさに紙一重の相性だ。
本当なら二人の戦いに介入してヘルヴィアをサポートしたいが、あの激戦に割り込めば死ぬのは俺の方だろう。
俺にできることは何もない。
「魔王城のフィールドはバグが無いし、何か、何かないか!?」
考えに考えを巡らせ、リザーレとしての記憶も辿って何かできないか考える。
その末に、俺は一つのことを思い出した。
「そうだ、あそこなら!!」
俺は大広間を飛び出して、急いで魔王城の地下へと向かった。
魔王城の地下には大きな墓地があり、そこには何人もの亡くなった者たちがいる。
今からここにいる者たちのいずれかを蘇生バグで生き返らせるのだ。
しかし、生き返らせる対象は慎重に選ばなければならない。
具体的には、ヘルヴィアが勇者に敗北したことを知っても従ってくれる人物だ。
実は魔王城の地下に眠っている死者たちを生き返らせて戦力を補充しようとは考えていた。
だが、問題は生き返った魔族たちがヘルヴィアの敗北を知ったらどういう行動に出るのかが分からないことだ。
「魔王と剣聖の戦いに割り込めるのは、この人しかいない」
俺は『エルナ』という名が彫られている墓の前で足を止めた。
この人物はゲームにも登場した悪役であり、ヘルヴィアの右腕のような存在だった。
実力に関してもヘルヴィアが強いと認めるくらい強い。
俺は大急ぎで墓を掘り起こし、棺から死体を引っ張り出した。
端から見たらとんでもない行為だろうが、今は困窮事態なので許してほしい。
そうして引っ張り出したエルナの骸はゲームの中盤、実際の時間で言うなら数年前に死んだにも関わらず綺麗な状態だった。
肩の辺りで切りそろえられた銀色の髪の美女だ。
その格好は黒を基調色として沢山のフリルが付いた可愛らしい衣装で、いわゆるメイド服だった。
って、見惚れてる場合じゃない!!
俺は迷わずエルナの大きな胸を何度も揉みしだいた。
思ったより弾力があり、ヘルヴィアの乳といい勝負の柔らかさだった。
その後、俺は『ヒール』をかける。
「……ここは……」
「やった!! 蘇生バグが成こ――」
その次の瞬間。
エルナの乳を鷲掴みにしていた手首を捕まれ、俺はそのまま空中に放り投げられた。
後頭部を強く打ち、悶絶する。
しかし、その俺の首にエルナが鋭い爪をぐいっと食い込ませてきて冷や汗を掻いた。
「状況は分かりませんが、貴方が私の胸を触ったことは分かります。――遺言は?」
「ひぃ!? こ、殺さないでください!! 話を聞いて!! 今、上で魔王様が侵入者と戦ってるんです!! 魔王様は疲労してて、侵入者はめっちゃ強いから増援が要るんです!!」
「……それを早く言いなさい」
エルナは俺の首に爪を食い込ませるのをやめ、そのままヘルヴィアの元へ駆けつけようとした。
しかし、ここで問題が発生。
「む。身体が……ごばふっ!!」
エルナはその場で崩れ落ち、口からバケツ一杯分くらいの血を吐いて、そのまま動かなくなってしまった。
辛うじて意識はあるようだが、自分の身に起こっている出来事を理解できていないようだ。
しかし、俺には分かる。
「落ち着いて聞いてください、エルナさん。貴女の身体は猛毒状態なんです」
「……猛毒……ああ、なるほど。私は今まで死んでいたのですね。ごぼふっ」
「そ、そうです。……理解が早すぎて怖いな」
ヘルヴィアはエルナを重宝していた。
実際、連合軍や勇者に関する情報を集めて精査し、ヘルヴィアに重要な事柄を報告するのが彼女に与えられた役割だった。
しかし、魔族の中にはエルナに嫉妬して、害そうとする者が少なからずいたのだ。
その者はとっくにヘルヴィアが処刑してしまったが……。
勇者一行との戦闘で負傷していたエルナに、そいつは竜すら数秒で殺してしまう猛毒をポーションと偽って飲ませたのだ。
その結果、エルナは死んでしまった。
何度も言うが、蘇生バグは死ぬ寸前の状態が引き継がれてしまう。
まあ、つまり何が言いたいかと言うと……。
「多分エルナさん、あと十秒くらいで死にます。死ぬ度に生き返らせるのでダッシュで魔王様の救援に向かってください」
「新手の拷問ですか? おごふっ」
……否定はできない。
―――――――――――――――――――――
あとがき
どうでもいい小話
作者「吐血系クール巨乳メイド……」
リ「新ジャンルすぎる……」
「リザーレ戦犯で草」「バケツ一杯分の血はやーばいでしょ」「新ジャンル開拓してるなあ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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