第十三話 善人 地に絶ゆ 人の中に直き者なし 皆血を流さん

 教堂の前の丘にある鐘楼しょうろうの上に立つのは嘉助、独去、縫、三千世の四人。その後ろにはセブもいた。


「ここは、えっと見晴みはらしが良かですね」


 嘉助が首を巡らす。

 すそそでもバサバサとれる。

 風が強く吹いていた。

 ツパルク村は平原のなかの小高い丘にある。

 その村の中でも一番の高所にある鐘楼からは平原に通る街道が見渡せた。

 肥前忍ひぜんしのびの四人は、ガロツクの軍勢を眺める。


『点系魔法陣一重一連、展開──発現、視覚、拡張。起動』


 セブは遠景えんけいを拡大する魔法を自分の面前めんぜんに掛けている。

 魔法文言まほうもんごん詠唱えいしょうわると、空気がらぎ、景色の一部が大きくうつされていた。

 しかし遠くの景色は、ほとんどボヤけている。

近づく敵は曖昧あいまいな画像としか見えない。


『点系魔法陣二重二連、展開──発現、亢進、起動』


 セブがさらに魔法陣を追加すると、少しずつ焦点しょうてんが合う。

 やがて日がかたむくなか、手前の谷を進む隊列が見えた。

 長く連なる人馬が旗を掲げて谷合たにあいを通っている。


「キンキラん旗が多かぁ。ガロツクていうとは、えっとたくさん旗ば持っとぉとね。お祭りんごたんみたいねぇ」


 暮れかかる日差しを照り返す旗を見つめる縫が、ため息を漏らす。


旗印はたじるしは丸、中に花。そいでさかずきか。丸の左右にゃ変か鳥が縫い取られとりますね」

『嘉助様は魔法も使わずに、あんな遠くの軍旗ぐんきが見えるのですか』

遠見とおみは忍びのいろはですけん。あたんまえですばい」

『まったく、驚くべき技術ですね』


 セブが感心していると、嘉助が身を乗り出す。


「ん? あのトカゲの太うなったごたる、あいあれなんですやろか?」

『あれは……りゅうです。敵には龍がおります!』


 視界には小さな舟ほどの大きさの動物が人を乗せて進んでいる。


「うはぁ。龍げな。龍て初めてみたけど、がぼすごく大きかぁ。牛よか、えっともっと太かぁ、※小早こはや(※小舟)くらいはあるッ。また、よんにゅたくさんっぱい」


 嘉助が無邪気な大声をあげる。目をらしていたセブは、上を見て眉間をんでいる。


『嘉助様、ガロツクの掲げる軍旗のさかずきは何色ですか?』

「赤ですばい。しかし、ようっと見ても龍ていうとは、えっと太かトカゲですね。そいでとりんごと二本の足で歩いとぉとですねぇ」

『ガロツクの騎士団には龍が、数多くいるのですか?』

「はい。二百頭ばかりは、ります」


 嘉助の返答を聞いたセブは、ため息とともに項垂うなだれた。


『なんと……よりにもよって敵が聖龍騎士団だとは……』

「なんねセイリュウキシダンていうとが、どげんしたとね?」

『ガロツクで最も強いといわれた魔法騎士団です』


 くわしく話を聞こうと嘉助と縫がセブへ向きなおる。


すべてての構成員こうせいいんが五重五連以上の魔法の使い手で、武芸の手練てだれ、加えて龍を意のままに使役しえきする大司祭までいる騎士団なのです』

「へぇ。そいは、きゃぁまぐるとてもつらいっですね。マホウに龍、てですか」

「よう知らんですけど、何ちゃなかですよ。ウチたちはマホウには当たらんですけん」


 縫の軽口にセブは渋い顔のままだ。


『魔法はけられるとして、魔法騎士の使役する龍は、一体でも恐ろしい強さなのです。避けられはしても人に倒せるとは思えません』

「たしかにウチも龍やら戦うたことはなかけど、生きもんなら、どげんかしたどうにかしたら殺せるやろ」


 縫はふざけているのかと疑うほどに軽い口調だ。

 戦う前から龍への対処たいしょは出来ると決めつけている。

 一方の嘉助は、下がりまゆで額を搔いている。


「そいは困りました。見たところくまよりも太かですね。はあ。オイたちに、そがん図体ずうたいの大きかもんば、倒せるとですかねえ?」


 尻ごみする嘉助の横から、三千世が顔をだして声を上げる。


「生き物なら、血の道か気の道さえ断てば死ぬて。なんちゃなかよ、嘉助ッ」


 童女どうじょには似つかわしくない物騒ぶっそうなことを小さな両のこぶしを握って力説している。


三千世みちは龍でん全然じぇんじぇんかまんよッ」

「そりゃ、三千世様ならやれるやろぅですけど、オイにはキツかですよ。見てください龍だけでも二百頭ばかりもおるごたっですよ」

なんば、えすがっととなにを、こがっているのねッ! 嘉助は、ひけしかねおくびょうね


 気弱に頭をくばかりの嘉助と比べて三千世や縫は、物見遊山ものみゆさんの気軽さで異世界の軍容見物を楽しんでいる。

 そして嘉助や独去も、二人の二千人騎士も二百頭の龍も怖くはないという言葉を当然のように受け止めている。


 この状況が異常だった。

 セブにはまったく理解ができなかった。


「嘉助っさん、ほら見てん。あの一番大きか金色の龍にのる人は綺麗かよッっと見てみんね」

『それはおそらく巷で〝百龍ひゃくりゅう聖女せいじょ〟として名高い、リコチノ大司祭ですな』


 セブが消え入りそうな声で呟く。


「日の光みたいな出で立ちで、そうにゃ綺麗きれいかですね……とても人ば殺しに来よるて、思えんです」


 ため息をつく嘉助の肩に手を置いた三千世が、ぴょんぴょんと跳ねる。


「あ、みちのあっこに金銀花すいかずらとおてるッ。見てみんね! 右の谷ん中、あげんおえかぶってあんなにたくさん、咲いとうよ。後であん花の蜜を吸いに行こッ」


 微笑ほほえむ縫が三千世の頭をでる。


「後でね。なんでん終わった後に一緒に行こね、お嬢」


 なごやかな雰囲気にさそわれてセブがほおゆるませた。


皆様みなさま御国おくににも、あのピニンの花がいておりますのか』

「うん。いとりました。ウチのったれ寺にも植えられとりましたけん」


 セブの問いにうなずいた縫が遠くの金銀花すいかずらながめて誰に聞かせるともなく昔の話をした。


「……金銀花すいかずらて。市さんに教えてもろた、あん花の名前の字がね。綺麗きれいかったけん、えとったとです。もうひとつの名前は、なんか辛うて嫌やったけど。そいぎそれで花がいた頃に庭見たら、お嬢がテテテッて来らしとって花の蜜ばっ吸うとらすとすっているのよ。そいで花ば、みんなんでしもて……何や太か蜂の来らしたもんばこられたものだって言うて笑うたんよ」


 おだやかだった昔日せきじつを思いだして、しんみりした雰囲気ふんいきがやりきれなくなった独去は、ことさら大きく空笑からわらいをあげる。


「姫様なら止められん。せんないことだな」


 越し方を思うもの悲しさには、少しも気づくことなく嘉助は龍をただただ熱心にながめていた。


「ははぁ、あのつながれた羊んごたるとが龍のえさやろか。そいぎゃ、あんくらいの数の羊やらで龍のえさやらはりっとですか?」

『嫌な話ですが、戦場では龍に敵兵をわせますから、まかなえるのでしょう』

「なるほどな。そりゃ便利ん良かな────いや、待て待て。そげんとはダメやろ。敵とはいえ龍が人ば食うとっとば味方の兵が見たら、づくでしょがッ」


 縫もげんなりした顔で龍の列をながめている。


「敵や民草たみくさなんぞ畜生ちくしょうえさにすってね。ガロツクていうとはそういうもんの集まりてね、ほんとひどかヤツらやね」


 縫と嘉助は、しかつらを並べていた。


 遠くに見える隊列は遅々ちちとして進まず。縦に長く伸びた列は谷の端から平原まで延々と続いている。


「見とってもなかなか進まんです。ガロツクの軍の進む速さは、えっと遅かとですね」

「谷あいの道が狭いのだろう。そんな地形ならもっと警戒しながら進みそうなものだが、わざと堂々どうどうとしているのだろうな。威容いようを見せびらかしたいんだな」

小面憎こずらにっかね。自分らが強かと思て、えらそうにしてからにぃ」

しいことだ。もう少しなりとも時に余裕よゆうがあれば、あの場所に落石らくせきなり落としあななり、火計かけいなり、いくらでもわなを仕掛けることができたのに、あぁ残念だ」


 つまらなさそうにこぼした独去は、あごでてひげを抜く。


「ウチ達は、つんぶるて大急ぎで城ば出て来たもん、道具も無かし、仕掛ける時間も無かったとやもん。仕様しょんなかよ」

「そうですばい。無かとは無かとです。そいよりお師さん、独去さん、右の谷、あの大岩のあたり見てくんしゃい、何か起こっとぉです」


 視線を向けると、岩の裂け目から細くけむりが立っていた。


かしきのけむりね、いや、あいは……いぶりだしとっとやね」


 にがいものを飲み下したかのような表情で縫がつぶやく。

 遠くに見える岩屋いわやでは魔法騎士たちの指図さしずで、従者たちが岩の隙間の前に積まれた枝葉の山へ松明をべていた。

 うしろでは、魔法騎士が魔法陣を浮かべている。

 どうやら魔法で風を起こして岩の裂け目にけむりを流し込んでいるようだ。


「アイツら、いくさに出とらんただの村の者ば襲おとっぞ。穴ん中にこもった者ばいぶしとぉ」


 けむりにまかれてけ目から出て来た者は、男女合わせて八人。

 誰も武装はしていない。ただの村人に見える。

 彼らは出て来るはしからかこまれ、あみけられぼうで打ちえられていた。


いぶして出てきた者ば殺しとる。女子供は縄ば打たれとるね」

『あのあたりなら……それは我らと同じこの地の住人ですな。とりでの近くにある集落の住人が洞穴ほらあなの中に隠れてガロツクの軍勢が通りすぎるまで息をひそめておったのでしょう』

「ここん人らを根絶ねだやしにする気かね、みんな殺さんでん良かやろうもん……」

『恐らくは……龍のえさに、されるのでしょうな』


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